渡辺 明。 渡辺明|棋士データベース|日本将棋連盟

「魔王第二形態」渡辺明三冠(35)叡王挑戦まであと1勝 挑決第1局で豊島将之竜王・名人(29)に勝利(松本博文)

渡辺 明

6月8日より、ヒューリック杯棋聖戦五番勝負が幕を開けた。 タイトルをかけ、渡辺明棋聖(棋王、王将とあわせ三冠)に挑むのは、高校生棋士の藤井聡太七段だ。 史上最年少でのタイトル挑戦という記録を達成したこともあり、連日報道が盛り上がっている。 今年4月、渡辺明棋聖は著書の中で藤井七段について語っている。 2000年4月に中学生棋士として15歳でプロデビューした。 19歳で初めてタイトル挑戦者となって20歳で竜王となり、以来、毎年タイトル戦を行ってきている。 自分が30歳になった頃からは対局相手が後輩になることが増えてきた。 最近では自分より上の世代とタイトル戦をやる機会は少なくなっている。 それが自分が年を重ねるということであり、時代が移り変わっていくということなのだろう。 昔はあまりそういうことはなかった気がするが、いまは世代によって強さの質や将棋のスタイルが違ってきている。 アナログ世代、デジタル世代に分けられるのは、将棋界も一般社会と変わらない。 羽生世代の棋士が十代の頃はまだ一般家庭にパソコンは普及しておらず、羽生世代よりひと回りほど下になる私の世代あたりが一つの分岐点になる。 一般家庭にパソコンを普及させるうえで大きな役割を果たしたといわれるウィンドウズ95が登場したのが私が11歳のときだ。 中学、高校と進んでいく中でパソコンが普及していったので、私がプロになった段階ではまだ、将棋とパソコンの親和性は低かった。 小学校1年生か2年生の頃にファミコンの将棋ソフトをやってみたらあまりにソフトが弱くて、すぐにやめてしまったこともある。 そのため「コンピュータは将棋に向かない」という印象を持っていた。 ブロードバンド化が進んだのが21世紀を迎えた頃といわれるので、ちょうど私がプロになった時期になる。 それからしばらくしてインターネットを使った対人将棋の利用者が増えていった。 それを始めた最初の世代がいまの30代であり、私もそこに含まれる。 いまの20代の人たちが10代の頃、AIが一気に発達していったので、20代半ばより下の人たちからはアナログ色が薄くなっている印象がある。 いまの10代、20代前半はあきらかなAI世代といえるだろう。 将棋界は「新しい時代」を迎えつつある 羽生世代が完全なアナログ世代だとすれば、私たち三十代の棋士はアナログからデジタルへの「移行期」に属する。 一般社会でも年齢が十歳違えばジェネレーションギャップが生じるだろう。 将棋の世界でもそれは変わらない。 「将棋をどのように勉強してきたか」が変わっていったので、指している将棋の質がずいぶん違ってきたのである。 私が十代の頃などは加藤一二三九段の対局をはじめ、昭和の将棋の棋譜を見て、それを盤上に再現しながら頭をひねっていたものだ。 しかし、AI世代の棋士の多くは、昭和の将棋を研究したことなどはないのではないかと想像される。 個人差があることなので一概には言い切れないが、昭和の棋譜どころか、近年のものでもプロ同士の対局で残された棋譜を振り返ることも少ないのではないかと思う。 いまは最新の戦術解析など、やることが多くなりすぎているので、復習のための時間をとれなくなっているからだ。 世代が異なれば、研究の方法が違ってくるのは当然といえる。 私が10代の頃に優秀な将棋ソフトがあったなら、やはりそれを使って勉強していたはずだ。 しかし現実としてAIはなかった。 その時代には20年前、30年前の棋譜がいちばんの研究材料になっていたのだ。 昭和の棋譜に学び、平成の棋譜に学んだ。 加藤九段の棋譜に限らず、米長邦雄永世棋聖、中原誠十六世名人らが残した棋譜を盤上に並べた。 私の世代でプロを目指した人、プロになった人であれば、誰もが普通にやってきたことだ。 「アナログの極み」と言われるなら、そのとおりである。 現在の将棋界は戦国時代である。 2018年の竜王戦で永世七冠資格保持者である羽生善治九段は挑戦者の広瀬章人八段に敗れて1991年3月の棋王獲得以来、27年ぶりの無冠になった。 羽生九段ひとりに限らず、いわゆる「羽生世代」は長くタイトル戦を席巻してきたが、2019年には羽生世代の棋士はひとりもタイトル戦に出場できなかった。 そうなったのは、羽生九段が初タイトルとして竜王位を獲得した1989年以来のことになる。 こうした状況からいっても、将棋界は「新しい時代」を迎えつつあるといえるのかもしれない。 同じ「中学生棋士」として 「新時代」という言い方をした場合、その中心になるのはやはり藤井聡太七段なのだろう。 彼についてはまず自分と同じ「中学生棋士」という視点で見てしまう。 『天才の考え方 藤井聡太とは何者か?』加藤一二三/渡辺明 著 中学生で棋士になったのは、加藤九段が最初で、谷川浩司九段、羽生善治九段、私と四人しかいなかったところで藤井七段が5人目になった。 それぞれのプロデビューは順番に1954年、1976年、1985年、2000年、2016年となる。 多少のばらつきはあっても、およそでいえば、15年に1人くらいしか誕生してこない。 自分では口にしづらいが、中学生で棋士になれたなら、それだけでもその才能が並大抵のものではないのがわかる。 プロ棋士=四段になるには、奨励会の三段リーグで成績上位二名に入らなければならない。 それができないまま年齢制限に引っかかり(三段リーグに参加できるのは26歳の誕生日を迎える年が最後になる)、プロになるのをあきらめたくはなくても、あきらめるしかなくなる人も多い。 中学生棋士は、目指したからといって、なれるものではないのである。 藤井七段の場合、年齢のわりにはAIの導入が比較的遅かったようだ。 聞いたところによれば、将棋ソフトを活用するようになったのはプロになる直前の三段リーグか、プロになってからだという。 そうだとすれば、AIに触れる前段階ですでに将棋の骨格はできていたとも想像される。 一般的にいって、アマチュア四、五段から奨励会初段くらいのあいだにおよそその人の得意な型、勝ちパターンというものは形成されているものだ。 いちど将棋の骨格ができてしまえば、その後にAIを導入したとしても、将棋のスタイルが大きく変わるものではない。 私にしても、奨励会にいた頃と現在をくらべれば、現在のほうが強いのは当然としても、指している将棋の骨格は大きく変わっていないと思っている。 現代的な将棋に合わせたモデルチェンジを図ったあとにしてもそうだ。 そうした観点からいえば、藤井七段がいま指している将棋も、その骨格はアナログで築かれたものと見ていいだろう。 そのことは藤井七段に限った話ではない。 いまのプロ棋士は骨格ができてからAIによる勉強を取り入れた人がほとんどといえる。 骨格ができる以前にAIで将棋を学んだプロが登場するのはこれからだと言われている。 イメージ(写真提供:写真AC) 藤井聡太は何がスゴいのか? 私は2019年2月の朝日杯将棋オープン戦決勝で藤井七段とはじめて対局して敗れた。 それによって、彼の強さがどこにあるのかを感じた部分もあったが、朝日杯は持ち時間が各自40分の早指し棋戦だ。 この一局だけで、彼の実力のすべてを推し量ることはできない。 ましてこのときからすでに一年が経っている。 彼の年齢を考えたなら、そのときからさらに強くなっているのは間違いない。 タイトル戦に出場するようになっていく10代後半、20代前半の成長スピードは速い。 アマチュア時代やプロ一年目と違い、トッププロと対局する機会が増えていけばなおさらである。 そういう一年の密度はとにかく濃いものになる。 藤井七段は詰将棋が得意で、小学生のうちに詰将棋選手権で優勝している。 それとも関係するのだろうが、「読みのスピードが速い」というのが長所になっているのは強く感じた。 それに加えて、序盤の戦い方をよく勉強している。 そのため不利にならないように序盤を指せる。 そのうえで中盤戦からは読みのスピードを生かして相手より頭ひとつ前に出ていくのだ。 そうしたスタイルは、藤井七段に限らず、いまの将棋で勝てている人たちに共通している特徴といえる。 その中でも藤井七段は、読みのスピードが突出している。 読みのスピードが速ければ、持ち時間の短い将棋に適性が高いというわけではないが、藤井七段が朝日杯将棋オープン戦を連覇した中ではその長所が生かされていたのだろう。 藤井七段がこれからもますます強くなっていったときに、世代として考えるのではなく、あくまで個人として見ていくべきだろう。 これから彼がどこまで強くなるかは、簡単には推し量れない。 藤井七段の今後は未知数といえる。 外部サイト.

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渡辺明とは (ワタナベアキラとは) [単語記事]

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渡辺 明 国籍 生年月日?? 日 ウェブサイト 渡辺 明(わたなべあきら、akira watanabe、 - )は、出身の・。 日本人として唯一の。 その後はライディングテクニック雑誌連載やビデオ・DVD発売、主催、オリジナルハンドルバー開発、モトクロスチーム運営、モトクロス番組の解説などをしている。 経歴 [ ]• 高校生 - モトクロスを始める• - 入社• - 全日本モトクロス選手権EJ125ccチャンピオン• 全日本モトクロス選手権EJ250ccチャンピオン• - モトクロス世界選手権ランキング4位(第12戦で日本人初の総合優勝)• - 全日本モトクロス選手権セニア125ccランキング2位• 全日本モトクロス選手権セニア250ccランキング2位• 全米トランスAMA500ccランキング8位(大会優勝)• 第1回オールスターMX桶川 総合優勝• - モトクロス世界選手権(、総合優勝)• - モトクロス世界選手権GP125チャンピオン(イタリア、、、、フランス、スペイン優勝)• 第2回オールスターMX鈴鹿 総合優勝• 全日本モトクロス選手権MXGP鈴鹿250 総合優勝• - モトクロス世界選手権ランキング2位• - モトクロス世界選手権ランキング2位• - スズキ自動車工業退社• 国内エンデューロレース参戦• - 出場(レーシング)• - 総合23位(プロトクラス)• - 外部リンク [ ]• - (2004年8月5日アーカイブ分) この項目は、関係者に関連した です。

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トップ棋士に15連勝 二冠狙う渡辺明棋王、復調の要因とは?

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奥さんは漫画家? 息子の名前や学校は? 自宅の場所は西荻窪? 武蔵野市? 渡辺明さん! 将棋棋士として、 活躍する渡辺明さん! 永世竜王の称号をもつトップ棋士です。 将棋界では、 藤井聡太さんの活躍によって、 そのほかの棋士にも注目が集まっているようです。 今後、 藤井聡太さんとの対戦を楽しみにしている、 将棋ファンも多いという事で、 渡辺明さんへの注目も高まっています。 今回は、 渡辺明さんの 「嫁は漫画家の伊奈めぐみ?結婚はいつ?出身中学校・高校はどこ?学歴は?子供は?息子の学校は?自宅の場所はどこ?」 といった話題をお送りします。 渡辺明の嫁と子供と家族は? ではまずは、 渡辺明さんの嫁や子供といった家族に関する事柄を、 見てみましょう。 渡辺明さんの家族構成は、 渡辺明・妻・長男 という構成の 3人家族のようですね。 渡辺明さんは、 とても早く結婚しています。 1984年生まれの渡辺明さんが 結婚したのは、 2004年、19歳の時のことです。 渡辺明の嫁は漫画家・伊奈めぐみ?年齢差は? 渡辺明さんの奥さんは、 伊奈めぐみさんといいます。 渡辺明さんの妻・伊奈めぐみさんは、 もともと 女流棋士を目指していて、 女流育成会というところに所属していました。 渡辺明さんよりか年齢は、4歳年上とのことです。 渡辺明さんの妻・伊奈めぐみさんの職業は、 漫画家です。 旦那である渡辺明さんを主人公にした、 『将棋の渡辺くん』という漫画を描いています。 渡辺明は、早く結婚して子供を持つ父親に… それでは次に、 渡辺明さんの子供について、見てみましょう。 渡辺明さんが、早く結婚したということは、 先ほど書きましたが、 早く 子供を持ったようです。 2005年、20歳のときに子供が生まれています。 「ハタチで子持ちの渡辺明さん」として、 将棋界では話題になりました。 渡辺明の息子の名前は?学校は成城学園とのうわさ? 渡辺明さんの子供は、 息子さんで、名前は柊 ひいらぎ さんといいます。 「柊さん」というのは、 かっこいい名前ですね。 ネット上での情報を総合すると、 渡辺明さんの息子さんの学校は、 成城学園小学校に通っているのではないか? とのうわさがあるようですね。 ちなみに、 渡辺明さんの子供は、 将棋には特に関心がないようで、 サッカーに興味を持っているのだそうです。 渡辺明の学歴は?出身中学校と高校は? さて、ここで 渡辺明さんの 学歴や出身中学校、高校といったものに、 話題を移してみましょう。 渡辺明さんは、中学受験をしています。 渡辺明さんは、 すでに小学生の時から、 奨励会員として将棋棋士を目指していたのに、 なぜ中学受験をしたのか? という理由は気になるところですね。 実は、 渡辺明さんは、 プロ入りがかかる大変な時期と、 高校受験が重なってしまうのを心配して、 高校受験の負担のない、中高一貫の中学校への、 進学を希望したのだそうです。 それで、 兄弟子である宮田敦史さんの通う、 聖学院中学校に入学したのでした。 その後、 渡辺明さんは、 中学生でプロ入りを決めて、 高校進学とともに、プロデビューを果たしました。 その後、 聖学院高校を卒業していますが、 大学進学はしていないようです。 渡辺明の自宅に場所は武蔵野市?西荻窪?吉祥寺? それでは、 渡辺明さんの自宅の場所についても、 見てみましょう。 渡辺明さんの自宅の場所は、 東京都武蔵野市のようです。 最寄り駅は、 西荻窪駅と吉祥寺駅のあいだくらいのようです。 渡辺明さんの自宅については、 嫁の伊奈めぐみさんの漫画でも、 プライベートについて書かれているので、 将棋ファンは興味があるところのようですね。 渡辺明さんが、 武蔵野市に自宅を構えたのは、 子供が幼稚園に入るときで、 渡辺明さんが23歳の時だったそうです。 渡辺明の自宅近くには、多くの将棋棋士の自宅が? 実は、 渡辺明さんの自宅がある、 武蔵野市のあたりは、 将棋のプロ棋士が多く住む町なのだそうです。 自宅の近所には、 藤井猛九段の自宅があり、 隣町の東京都三鷹市には、 ひふみんの愛称でおなじみの、 加藤一二三九段の自宅があります。 将棋棋士には、 中央線沿線に住む棋士が多いらしいです。 大山康晴15世名人の自宅の場所は、 荻窪駅周辺の杉並区天沼ですし、 米長邦雄永世棋聖の自宅は、 中野区鷺沼でしたね。 将棋会館の住所が、 渋谷区千駄ヶ谷にあるので、 交通アクセスのよいところに住所を、選ぶ傾向にあるようです。 というわけで、 渡辺明さんの 「嫁は漫画家の伊奈めぐみ?結婚はいつ?出身中学校・高校はどこ?学歴は?子供は?息子の学校は?自宅の場所はどこ?」 といった話題をお送りしました。 最近の投稿• アーカイブ アーカイブ カテゴリー• 1,727• 129• 142• 971• 111• 144• 204• 87 メタ情報•

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