平戸 世界遺産。 平戸・生月エリア|長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

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平戸 世界遺産

九州本土最西端の平戸島 (ひらどじま)とその周辺に点在する40の島々で構成された平戸は、日本で最初の西洋貿易港として、かつて対外交易の中心となった城下町です。 1550年にはかの有名な聖フランシスコ・ザビエルがこの地を訪れ、平戸は日本におけるキリスト教の布教活動の拠点となりました。 平戸島へのアクセス 長崎県本土と平戸を結ぶのが、全長880mの平戸大橋 (ひらどおおはし)です。 以前は有料でしたが平成22年4月1日より無料で通行できるようになりました。 ありがたい!平戸島へは、こちらの橋を渡ってアクセスします。 ザビエル記念教会と聞いて、てっきりザビエルが訪れた際に建てられたのかと思いきや、こちら建設されたのは1931年(昭和6年)のこと。 当時は「カトリック平戸教会」として建設されました。 その後1971年(昭和46年)、教会脇にザビエル記念像が建てられたことで「聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂」と呼ばれるようになり、近年、正式名称が「平戸ザビエル記念教会」と改められました。 そんな平戸の大自然を感じられるのが、平戸島の北西にある生月島です。 平戸島と生月島は全長1000m近い生月大橋で結ばれています。 生月島は、江戸時代には捕鯨の拠点として栄えました。 島の名前の由来については諸説ありますが、かつて遣唐使が中国から日本へ帰国する際、この島が見えると「あぁ、日本へ無事行き着いたのだ」と安堵したという言い伝えから、生月(いきつき)島と名付けられたと言われています。 こちらは全国でも珍しく灯台の上が展望台になっており、外階段で上ることができます!そこに待っていたのは360度パノラマの壮大な景色でした。

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長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

平戸 世界遺産

概要 [ ] 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、250年間の下における厳しい弾圧の中、不在でありながら、のみでを守り通しながらも、孤立せずに一般社会との関わりも持ちつつ 、を存続させるための生き方・暮らし方を創造したことが評価され、ユネスコの世界遺産に登録された。 経緯 [ ] の伝来と繁栄、禁教令下の潜伏信仰、そして奇跡の復活という、四世紀におよぶに類を見ない布教の歴史を物語る資産として、よりユネスコの世界遺産を目指す運動が始まった(下記「」の節参照)。 長崎県は世界遺産登録を目指すにあたり関係市町と情報共有を図って、保存管理計画の策定や国内外の同じような資産との比較研究などの一体的な取り組みを進め、にが世界遺産候補地を公募した際に名乗りをあげ、(文化財分科会)が正式候補として選定し、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として2007年1月に暫定リストに掲載された。 2007年に「第1回 長崎県世界遺産登録推進会議」、には「第1回 長崎県世界遺産学術会議」が開催され、35の構成資産候補を選定。 OUV(顕著な普遍的価値)の主軸を「東西文化の交流と文化的伝統」と定めた。 推進会議・学術会議はその後も開かれ、の学術会議で構成資産を33さらに29に、の推進会議では構成資産を14に整理することが承認され 、には構成資産を12に統合、2013年に熊本県のが加わり13か所が構成資産となり 、2014年にの物件を2つに分割し14資産で推薦書が作成された。 2013年8月に開催された文化庁文化審議会では「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を同年度中の正式推薦候補としたが 、地域活性化統合事務局の有識者会議では「」が推薦候補とされた。 は、最終的に後者を2013年度の推薦物件とすることを決定し、前者の推薦は2014年度以降に持ち越しとなった。 2014年に文化審議会の世界文化遺産・無形文化遺産部会は、の世界文化遺産登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」について、ユネスコに推薦する候補に選んだ。 政府は了解を経て、1月に正式な推薦書をに提出、同年9月27日から10月6日には諮問機関である(ICOMOS)の現地調査があり、2016年ので審議される予定であったが、2016年2月初旬にICOMOSが推薦内容の不備を(250年の禁教令時代に特化すべきと)指摘したため、政府は推薦取り下げの上、構成資産の再検討に入ることになった。 長崎県はICOMOSとアドバイザー契約を結び 、からにミッションエキスパートが現地を視察した後に提言を示し 、新たな推薦書内容を検討する「長崎世界遺産学術委員会」がイコモスの助言に従い、以外の禁教明け()以降に建てられた教会について禁教時代にいわゆるが形成したなどに包括し 、法的保護根拠をとすることを決めた。 諮問機関であるICOMOSが推薦国に協力するという形式は国内では初めてであり、審査する側が求める完成度が高い内容の推薦書が作成されたことで登録の可能性がより高まったとみられた。 こうした事例に関して文化庁は、「アドバイスを行ったイコモスの専門家は推薦書提出後の審査には参加せず、利益相反のような状況にはなっていない」という認識を示した。 次いで同委員会は禁教期との関係性が薄いとを構成資産から外すことを提案し、に県と関係自治体が了承した。 に文化審議会は2018年のに向けて、再推薦することを決定。 また、重要文化的景観未選定の大野集落などに対し、文化庁は新たな選定保護を示した。 2017年9月5日から12日にかけて改めてICOMOSによる現地調査が行われ 、2018年5月4日に登録勧告が出されたが原城跡周辺の緩衝地帯の設定範囲について見直しを図るべきとの指摘もあった。 では、ICOMOSと締約国(日本)との協力についても評価され、登録が決まった(2018年6月30日)。 世界遺産委員会での状況 [ ] 2018年6月30日、日本時間の17時30分に始まった世界遺産委員会での登録審査は、ICOMOSから遺産の概要が読み上げられた後、委員国の発言へと移ったが、非キリスト教国も含め「な遺産である」「ヒューマンヒストリーを表現している」の二言が多く聞かれ 、否定的な意見はなく、開始からわずか20分で満場一致で登録が可決された。 直前に審査されたのの景観が登録延期勧告であったものを登録とするために1時間も議論を要したのとは対照的で、今委員会での審査の中で、あるいは近年の日本の推薦物件の審査の中でも迅速な決定であった。 最後に議長からコメントを求められたは「登録は世界へ向けたのメッセージであり、遺産保護のために尽力したい」と英語で述べ、も「今までの日本の世界遺産の中で一番ストーリー性が強い資産である」と述べた。 なお直近に登録された、、などの審査の際に見られた目立ったは行われなかった。 登録をうけて [ ] を掌握するは「地元関係者は独特の文化的伝統を物語る資産として再推薦し、登録へ粘り強く取り組んでこられた。 たゆまぬ努力に心から敬意と祝意を表する。 人類共通の宝である貴重な世界遺産の保護に万全を期し、後世に確実に引き継ぐとともに、その価値を積極的に発信していく」、は「推薦書の取り下げ、資産の見直しという苦渋の決断を経験したが、試練を乗り越えた。 待ち望んでいたこの瞬間を迎えることができ、心からうれしく思う」との談話を発表した。 さらにも「長崎と天草地方に残る潜伏キリシタンの集落。 江戸時代、当時の社会や風土に適応しながら、何世代にもわたり、その固有の文化を引き継いできました。 日本独自の信仰のかたちを物語るものであり、まさに世界に類を見ない人類の遺産です。 これまで保全に取り組んでこられた関係者の方々に深い敬意を表するとともに、世界の宝を大切に守り、その魅力を世界に向けて発信する、その決意を新たにしたいと思います」とのメッセージを出した。 また、()は、「がのを通じて灯したは、の祈りの生活を隠れて維持したの中に息づいてきた」とするの談話を発表した。 この他、潜伏キリシタンの末裔であるが「弾圧した者とされた者、それらの子孫お互いに敬意をはらうことで真の平和が訪れる」、のは「250年間、キリスト教は日本で迫害されたが、そのことで多くの日本人がキリスト教に関心を持ち始めており、潜伏キリシタン遺産を訪ねることでを再発見することになる。 歴史を覚えておくのに建物は重要ではない。 その背後にある物語、それが普遍的な価値を持つ」 とコメントした。 構成資産 [ ] - - - Oura Tenshudo Temple 長崎の手彩色絵葉書(明治)• :( )• の:重要文化財( )と旧出津救助院を含む、重要文化的景観「長崎市外海の石積集落景観」• 外海の:重要文化財( )を含む、重文景「長崎市外海の石積集落景観」• :( )• :重要文化財( )を含む、重文景「佐世保市黒島の文化的景観」• の聖地と集落=( )と( )、重文景「平戸島の文化的景観」• 平戸島の聖地と集落=( )、重文景「平戸島の文化的景観」• の集落跡(野首集落跡・舟森集落跡):( )を含む、重文景「の文化的景観」• :重要文化財( )を含む、重文景「新上五島町景観」• :重要文化財( )を含む、重文景「五島市久賀島の文化的景観」• の(とその周辺):重要文化財江上天主堂( )を含む 熊本県 [ ]• の( )、重文景「天草市﨑津・今富の文化的景観」 分布図 [ ] 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(天草) 緩衝地帯 [ ] 構成資産を取り巻くは大浦天主堂を除き、潜伏キリシタンととの関係(例えばを代用聖具にするなど)を示唆するため、洋上にまで範囲を設定している。 原城跡では城の守りの要となった北・東・南面のを自然の要害として城の一部と見立てている。 出津集落と大野集落は集落西面のを含み、特に出津では浜口地区がであったため、海上を含めることは潜伏キリシタンの生活の一端を捉えることになる。 﨑津集落も漁村であることからの﨑津港全域。 春日集落は浜辺から対岸の生月島を隔てる辰ノ瀬戸に及び、そのまま中江ノ島までを包括する。 黒島の集落・野崎島の集落跡・頭ヶ島の集落・久賀島の集落では島を取り囲む周囲の海洋域が取り込まれ、頭ヶ島では法的保護根拠となる重要文化的景観に基づき(下記「」の節を参照)「」に含まれるの赤尾・江ノ浜・友住地区(いずれも漁村)まで網羅。 江上集落は大串湾全域が指定されている。 ギャラリー [ ]• 特に集落群は、出津・大野・春日・﨑津が17世紀の禁教初期に形成されたのに対し、黒島・野崎島・頭ヶ島・久賀島・奈留島の集落が18世紀以降に潜伏キリシタンが移住して構築された時間差があることに留意が必要となる。 出津・大野で育まれた石積みの技術が野崎島・頭ヶ島・久賀島に伝わり、より精緻なものへと発展し、石造りの頭ヶ島天主堂や久賀島の整備にまで応用された変遷を集落景観の差異として捉えなければならない(春日のにおける石積みは平戸にあった土着の技術とされる)。 なお、黒島・野崎島・久賀島は島全体が世界遺産に登録されているが、頭ヶ島はがある島東部が除外され、奈留島は江上天主堂がある江上集落地区のみの登録となっている。 評価 [ ] イコモスは中間報告の評価として、「潜伏キリシタン集落には現在もその思いを受け継ぐ末裔が暮らしており、としてのの価値があり、集落景観の特徴である石積みが・・の違いによって差異がある点がを反映し、それはそのままを表現している。 また、潜伏キリシタンの移住により石積み技術や・が伝播したことはを表現している」とした。 その上でイコモスは世界遺産委員会の場で推薦書の要点として、「平戸の安満岳や中江ノ島に見られる化」、「黒島のを化するする需要に便乗したしたたかさ」、「がありの聖地であった野崎島へ乗り込んだ大胆さ」、「の療養地()だった頭ヶ島へ渡ってまで信仰を守ったひたむきさ」などを読み上げた。 登録をうけユネスコは、「潜伏キリシタン集落は"形態とデザイン"・"使用と機能"・"伝統技術と管理システム"・"場所と環境"・"精神と感情"によって遺産の価値の信頼性を得ている」と評価した。 登録基準 [ ] この世界遺産はのうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は公表のからの翻訳、引用である)。 3 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。 世界の反応 [ ]• …「日本の共同体と西洋の宣教師の遭遇から衝突という歴史的事実の分析は、無形の側面を強化することで神聖な景観となり、現代の東西の実りある対話のシンボルとなる」• …「クリスチャン入植者(開拓者)の初期の活動を反映している」• …「潜伏キリシタンが求めたのは苦痛的なまでの宗教的自由であった。 その迫害された人々を思い出すため、日本国政府と少数派キリスト教徒(註:存続しているカクレキリシタン)による努力がなされた」 、「潜伏キリシタンのの工夫が表現されている」• …「潜伏キリシタンの存在は奇跡で、感動的」• …「(仏教徒と)潜伏キリシタン の共生社会があったことが評価される」• …「日本は不毛の地とされるが、韓国よりも先に殉教の血が流されており 、信仰を守るために命を捧げた殉教者の遺産である」• …「秘密裏に信仰を伝えてきた信徒により育まれた日本的な特有の文化伝統を証言をしている」 特徴 [ ] 国内で被支配層(・)の継続したがある()が世界遺産になるのは以来となるが、集落はそのものが登録されているのに対し、潜伏キリシタン集落はではなくされたやの()といった景観が主体となる初の事例で(但しそこに建つは新しいもののためとはみなしにくい)、春日集落のや石積みのなどが含まれることも初となる(参照)。 これらは・やといった従来のにはない新たな類型で、としては・・・に加え、初めてキリスト教()からの登録になった。 なお、世界遺産としては禁教期の潜伏キリシタンの信仰を具現化したものが対象であるため、禁教明け後もカトリックに復帰せず昔ながらの信仰を保持した「カクレキリシタン」に関しては必ずしも重視されておらず、カクレキリシタン関連を追加登録するならば価値を組み替えなければならない。 また、世界遺産はでなければならないため、としての潜伏キリシタンの聖具や、の口伝承歌「」などは補完資料扱いとなる。 大浦天主堂は敷地背後で明治日本の産業革命遺産の構成資産になっている旧グラバー住宅を含むと背中合わせになっており、異なる世界遺産がこれだけ近接していることは日本の世界遺産では珍しい。 重要文化的景観として [ ] 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の国内保護法令は重要文化的景観だが、世界遺産としてはの適用はうけていない。 そもそも世界遺産推薦時に求められる法的保護根拠を重文景としたのは、文化審議会から推薦に向けた課題として「信仰の基盤となった生業・生活のあり方を継承し、その後の時間的経過の中で変容を遂げた集落および墓地等はじめ、周辺の農地・海域までをも視野に入れつつ、各構成資産の範囲について検討する必要がある」 、と最新のユネスコの指向性や世界遺産委員会の傾向を分析した結果を反映したものであった。 しかし個々の選定内容として、平戸島の文化的景観が「かくれキリシタンの伝統を引き継ぎつつ、島嶼の制約された条件のもとで継続的に行われた開墾や伝統的な生産および固有の生業等を通じて形成された棚田や人びとの居住地によって構成される独特の文化的景観である」と潜伏キリシタンに言及しているものの、黒島の文化的景観では「近世期の牧に起源をもつ畑地やアコウ防風林と石積みによる居住地、属島における生産活動など、独特の土地利用によって形成される価値の高い文化的景観」、野崎島を包括する小値賀諸島の文化的景観は「多様な地形的特徴を示す島嶼間の移動や近隣諸国との流通・往来に基づいて発展した港や居住地等によって形成される独特の文化的景観」、久賀島の文化的景観は「地形条件に応じて形成された集落およびその生活・生業の在り方、また島内に二カ所展開するヤブツバキの自然林はじめ、外海側に発達するヤブツバキ林・集落近傍に自生するツバキ樹とその利用によって特徴づけられる価値の高い文化的景観」、﨑津の文化的景観は「交易や石炭搬出など流通・往来の拠点として、また豊かな漁業資源が集積する漁港としての機能を有する集落が、『カケ』や『トウヤ』といった独特の生活・生業上の施設を伴いつつ成立することによって形成された価値の高い文化的景観」といったように 、必ずしも潜伏キリシタンの信仰や文化を表現するものではない。 このことに関し、世界遺産登録を目指すの登録推進フォーラム(2019年1月27日開催、於:有楽町朝日ホール)において「近年の世界遺産登録の動向」として講演した文化庁文化資源活用課の鈴木地平文化財調査官が直近に登録された潜伏キリシタン遺産を引き合いに出し、「国内法の重要文化的景観が世界遺産相手に通じたことは嬉しかったが、選定内容が潜伏キリシタンの生活文化を直接顕彰していないことを指摘されていたならば危うかった」と実状を紹介した。 追加調査要請 [ ] 世界遺産委員会においてICOMOSから、登録された集落の周辺にあるなどに残る「信仰の」(教会堂跡やなど)について包括的な記録を作成するよう求められた。 例えば久賀島の集落がある久賀島には1996年(昭和44年)頃に廃村となった潜伏キリシタン集落の細石流集落跡があり、禁教期の生活を偲ばせる物証となっている。 こうした埋もれた潜伏キリシタンの痕跡は特に離島に多く残されており、現時点では補完的な目的での指示であるが、将来的には拡張登録への道筋に繋がる可能性もある。 久賀島や奈留島はの対象に指定されており、国が土地の買い取りや財政措置を直接行えることから、調査後の保護に確約が得られる可能性もあるが、法的保護根拠の重要文化的景観はとしての生産景観があることが前提のため廃村の指定は難しく、無縁墓地の継承はでの制約があり、公的整備が困難になる場合もある。 候補から外れた資産 [ ] に民間団体の「長崎の教会群を世界遺産にする会」 が発足し構成資産となりうる候補地49を選定。 その後、推進会議・学術会議が再三にわたり構成資産を検討、2015年の推薦に至るまでに候補から除外されたものがある。 なお、には長崎隣接県の関連資産の調査も行い、候補地絞り込みの際に除外された資産やその他の関係資産(民俗・行事・芸能・資料)を包括した「長崎と天草地方のキリスト教関連歴史文化遺産群」として一体的に保存・継承することとし」 、2018年10月現在133件を選定している。 長崎の教会群を世界遺産にする会が選定した候補(2007年) [ ] 長崎の教会群を世界遺産にする会が選んだ候補は()に建てられたものにまで及び、再建されたものや製のものも含んでいた。 長崎市• 清心修道院• 樫山教会• 馬込教会• 黒崎教会• 太田尾教会• 平戸市• 山野教会• 神崎教会• 浅子教会• 三浦町教会• 平戸教会• 五島市• 楠原教会• 嵯峨島教会• 半泊教会• 貝津教会• 浜脇教会• 水ノ浦教会• 新上五島町• 旧鯛ノ浦教会• 冷水教会• 福見教会• 土井ノ浦教会• 中ノ浦教会 2009 - 2011年時点での候補 [ ] なお、この時点で教会や史跡とは別に集落景観となる重要文化的景観(当時は選定申請中)も単体の候補として扱っていたが、平戸の安満岳・春日集落・中江ノ島と天草の﨑津集落を除き候補地から除外された。 候補とされた天草の「の文化的景観」は2018年時点でまだ重文景の選定に至っていない(大江には文化財未指定だが国内で唯一の潜伏キリシタン隠し部屋が残る旧宅がある )。 また、・・旧伝道師学院は一旦「大浦天主堂と関連遺産」(国の史跡「大浦天主堂境内」と「」)として包括された後に除外され、参考として敷地内併設物扱いとなっている。 長崎市• 旧羅典神学校• 旧大司教館• 旧伝道師学院• 平戸市• 五島市• 新上五島町• 大曾教会• 吉利支丹墓碑• 熊本県• 手取教会• 熊本県天草市• 跡(正覚寺)• 熊本県• 富岡吉利支丹供養碑• 呼子教会• 教会 2018年に向けた再推薦に当たり、長崎県内の以下の2件が候補から外された。 跡(南島原市、国の史跡・ )• (平戸市、重要文化財・ ) テーマの変更について [ ] イコモスによる禁教期に特化すべきとの指摘について、で隠れキリシタンを題材とした『守教』(2017年・)を執筆中で長崎の教会群とキリスト教関連遺産についても取材していたはインタビューの中で、「(日本での)は4000人はおり世界に例のない数だが、迫害の歴史は抹殺されている。 この忘却は世界には受け入れられず、世界遺産登録を巡る騒動(注:禁教期特化指示)がそれを物語っている。 大量の殉教者を出した当の日本が禁教の歴史にどう向き合うべきか分かっていないから、ユネスコに突き返された」と指摘している。 一方で、禁教に至った理由や経緯(やによるのや)についても啓蒙すべきとの意見があり 、「禁教期だけの登録では弾圧史が遺産になり世界から誤解を招くのでは」との不安の声もあり 、潜伏キリシタン遺産を訪ねることは単なるではなくになりかねないとの指摘もある。 上記「構成資産の区分」の節で触れているように、黒島・野崎島・頭ヶ島・久賀島・奈留島の離島集落は潜伏キリシタンが移住して構築したもので、これら後発集落は先住のらと折り合いをつけながら開拓した「」も評価されたことにより、「宗教に寛容な(さがない)日本的風土」()としてユネスコが重視するやを前面に押し出すことになった。 世界遺産登録後の動向 [ ]• 第42回世界遺産委員会において、などに伴うが世界遺産に及ぼす影響の協議が行われたが、世界遺産登録から三日後にと続くにより、旧五輪教会堂と黒島天主堂のなどが割れたほか、原城跡でなどの被害が確認された。 久賀島の旧五輪教会に隣接する通常非公開の(1985年築)の祭壇に祭られたキリスト像の茨の冠が壊された。 上記の項にあるように、廃絶した潜伏キリシタン集落の調査要請を請け、航空レーザー測量に着手する。 江上集落がある奈留島への公共交通である船便(~奈留島~)を運航するが2018年10月2日に突如として全便運休となり 、4日にが始められたことで 、世界遺産観光への影響が生じ 、行政の支援をうけ元従業員らにより同月20日に新会社が設立されたが一路線のみの再開であり引き続き世界遺産訪問の選択肢が狭い状態にある。 原城跡において文化庁に無届けで砂利を敷設した現状変更があり無許可の駐車場と化していたことが明らかになり 、その後砂利の撤去作業が行われた。 黒島天主堂で計画されているにがなく保全状況の悪化が懸念されたが 、その後施行業者が決まり(平成31年)3月14日より2020年度の完了まで見学が制限されることとなった。 2018年~2019年にかけて椿を好むの()が大量発生し、特に椿が多く自生する久賀島では、旧五輪教会がある五輪集落へ向かう山道での観光客の被害が多発している。 2019年()7月に文化庁・文化審議会が平戸市をとして初認定し、平戸市は世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」や重要文化的景観「平戸島の文化的景観」を中核とした潜伏キリシタンをテーマとした観光を提唱する。 に伴うアウターバンドがもたらしたによるで(最上級の5)が発令され、続いて同年8月27〜28日には「50年に1度の豪雨」とが形容したによるによりが複数回出され、も出た五島列島において、久賀島では放置されている潜伏キリシタンの旧集落跡で土砂崩れが発生した。 2019年9月11日に発足したでに就任したは小値賀島出身のクリスチャン(先祖は潜伏キリシタン)で、これまでも世界遺産登録活動を応援してきたが 、地方創生相として改めて世界遺産の活用を表明した。 2019年11月24日、長崎に来訪したがミサに潜伏キリシタンの末裔も招き、世界遺産登録を祝福した。 2020年(令和2年)3月、の感染拡大を防止するための政府の呼び掛けに応じ、大浦天主堂が内部拝観を二週間停止するほか、他の教会では信徒のミサも自粛するなどの影響が発生。 2020年3月24日、大浦天主堂周辺が背中合わせの明治日本の産業革命遺産の構成資産・旧グラバー住宅があるグラバー園や重要伝統的建造物群保存地区の南山手ともども(歴史まちづくり法)の歴史的風致維持向上地区に認定された。 2020年7月6~10日にかけてにより原城跡で土砂崩壊が発生。 今後の課題 [ ] 持続可能性 [ ] 2018年5月のICOMOSによる登録勧告において、離島における構成資産となる集落景観保持に関しの懸案が指摘された。 2012年に開催された「世界遺産条約採択40周年記念-世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割」(京都ビジョン)で世界遺産存続のための存在の重要性が確認され 、世界遺産を維持するためにはのが必要であるとされることから、に名を連ねる長崎の離島にとっては深刻な課題となる。 アクセシビリティ [ ] 潜伏キリシタン集落に暮らすが世界遺産に包括された教会へへ出向く際、信徒が年々しており急傾斜地形は足枷となり、文化財指定された教会では化も難しいことから、が課題となる [ ]。 景観保全 [ ] 集落景観という視野的に広い範囲が世界遺産となったため、その景観保全も課題となる。 出津・黒島・頭ヶ島・久賀島・﨑津の各集落はの適用をうけていない。 に接している出津では看板などが目立つが、による規制もない。 美観を維持するため、のように洗濯干しなどにまで注意を払わなければならなくなると、住民生活が不便なものになりかねない(但し﨑津の特徴であるカケでは昔から洗濯干しの場所としての役割もあった)。 集落家屋が文化財指定のではないこともあり改修改築が自由に行えるため、家並み景観の統一感を持たせることに住民の合意形成が必要となる。 その一方で、などは推進されるべきである。 ヘリテージツーリズム [ ] 世界遺産はとなるため今後を含めたの増加が見込まれる。 訪問者が正しい ()をし ()を理解することでは成立するが、潜伏キリシタン関連遺産の主体は集落景観となるためその本質が判りにくい。 多くのやにおいて集落景観ではなく教会建物のを掲載しているが、潜伏キリシタンが切り拓いた改変地形に注視しなければ本質は伝えられない。 しかも、その集落景観に建つ家屋は古民家ではなく、ほとんどがに建てられたでも見られないであるため(潜伏キリシタン家屋が残されていたとしても保存が難しいになる)、なおさら本質が見えにくい。 が前提の世界遺産であるが、潜伏キリシタン関連遺産ではがもつ ()の紹介が重要になる。 観光公害 [ ] ヘリテージツーリズムのようなに伴う弊害としてが上げられる。 構成資産となる集落の多くがもない狭い範囲内の閑静な住宅街であり、そこへ観光客が大挙押し寄せることでやなどが危惧され、さらに生きた信仰の場としての教会でのなど宗教行事に差し障りが生じることを地域住民は懸念している。 ガイダンス施設 [ ] では第5条で「文化遺産及び自然遺産の保護・保存及び整備の分野における全国的または地域的な研修センターの設置」という条文があり、世界遺産近くにガイダンス施設・を設置することを求めており、長崎県では世界遺産センターの設置を検討し、旧跡地・付近・大浦天主堂近辺の3ヶ所を提示。 特に県庁跡地は禁教前に岬の教会(被昇天の聖母教会堂)が建っていた経緯があるものの、文化ホール建設も取り沙汰されているため先行き不透明な状況下にある。 また、潜伏キリシタン遺産は離島を含む多地域に分散したシリアル・ノミネーションのため一箇所に集約した施設を造ることが難しく、当面はとユネスコの指針に従い各資産毎に情報発信ができる既存施設を活用する。 現時点では大浦天主堂敷地内の旧羅典神学校と旧長崎大司教館をキリシタン博物館としたほか、島原に有馬キリシタン遺産記念館が開館、平戸にはがある。 離島区分では長崎県が構想する世界遺産センターのサテライトとして五島観光歴史資料館を整備する方向になっており 、久賀島ではによりが開設された。 ガイド育成 [ ] 潜伏キリシタン集落近くにガイダンス施設が設置されカクレキリシタンの聖具などが展示されたとしても集落の価値には直結せず、集落に立っても新しい家屋が目立ち、教会建築物は世界遺産そのものではない。 そのためにも正しい遺産の解釈を伝えるの存在が重要になる。 それも単なるではなく、やのような存在が求められ、できれば潜伏キリシタンの末裔であることが望ましい。 また、今後海外からのクリスチャン巡礼が増える見込みがあることから、も求められる。 テロ対策 [ ] 日本はアメリカ中心のに関与する有志国連合の一員とみなされ、過激派からはの対象に名指しされていたものの、中立的な仏教国のイメージが先行し実際のテロは発生してこなかった。 しかし、2015年に長崎の教会とキリスト教関連遺産として正式にユネスコへ世界遺産推薦が行われたことにより、キリスト教国の側面が強調され、教会などがテロの標的として浮上したという指摘がある。 世界遺産というシンボリックな教会へのテロは喧伝効果がある。 離島集落に外国人が訪れれば目立つが、団体客に紛れれば接近は容易になることから、テロへの警戒も必要となる。 こうしたことをうけ、地域住民の不安感からの要請もあり、奈留島と久賀島の港にを設置することになった。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 初期の潜伏キリシタンが切り拓いた集落は的な要素が強かったが、江戸時代全般を通しての作成が進み実際には隠れ住むことは難しく、完全なも困難であったためとの関わりをもたざるを得なかった• ICOMOSの英文起案書には「accompaniment」とあり、文化財保護法での「附(つけたり)」に相当する。 大野集落は2015年に重要文化的景観「長崎市外海の石積集落景観」の追加申し出を行い、2018年2月13日に追加選定された。 ()の具 正謨は、「世界遺産委員会で使われたヒューマンヒストリーは、「潜伏キリシタンという人間が生きてきた証の歴史」という意味だが、これはヒューマンストリーつまり「人間の生 せい の物語」に置き換えることができる。 信仰を守り抜いた昔の日本人の一途さがバチカンでは評価されている。 そのヒューマンドラマを観ることで遺産の真の価値が理解できる」とした• 黒島の重要文化的景観は潜伏キリシタン入植前から存在する由来のと家屋周りののや石積みによるもの。 また、島内に8つある地区(集落)の内、黒島天主堂がある名切地区を含め大半が潜伏キリシタンだけで切り拓いた景観ではなく、近代化の影響で往時の景観が失われている場所もある。 安満岳は信仰の対象のみならず、春日集落の棚田を潤す河川の水源地であり、焚き木の供給地として重要文化的景観の主題である生業のための基盤としての意味もある。 重要文化的景観は本来は生業の生産空間が主体であるが、最近では生産性の向上や豊穣を祈願する場所(宗教施設)も対象とするようになり、中江ノ島はその典型例と位置付けられる。 重要文化的景観は基本的には現稼働する生産空間の保護が目的であり、「小値賀諸島の文化的景観」も小値賀島においては稼働中のものであるが、野崎島は世界遺産から除外された野崎集落を含め生産活動が終了しており例外的な扱いとなっている。 久賀島の重要文化的景観は島に自生するを活かした暮らしの景観によるもので、潜伏キリシタンが切り拓いた景観ではない。 また島内に14ある地区(集落)の内、潜伏キリシタンに由来するのは旧五輪教会堂がある五輪(外幸泊)地区など10ヶ所に限られる。 では隠匿基督徒・隠性基督徒・隠蔵基督徒など• では日本と同時期にがあり、信徒は根絶した• 緩衝地帯に風景が含まれる事例であれば、(の)や(の西田集落)などでもみられる。 また、を世界遺産に推薦する際、としてが構成資産候補になっていたことがある。 関係のとしては、当初用として造られに転用されたのがある。 実際に潜伏キリシタン遺産の審査が行われたでは、新たに「special cultural or physical significance(特別な文化的または物理的重要性)」という価値観が提唱された。 とは無形の(の流れ・経過)やを有形具現化しているものを指し、その先例として長期間を継承した潜伏キリシタンという世界にも例がない特別な存在が残した集落の意義が認められた(詳細は参照)。 重文景を世界遺産の保護根拠としたのは2015年に登録された明治日本の産業革命遺産の構成資産であるの三角浦の文化的景観が最初の事例であった。 長崎の教会群を世界遺産にする会は民間団体だが、発起人で代表を務めた林一馬はの学長で世界遺産学術会議の座長も務め、会役員も学術会議や推進会議のメンバーと重複し、会としては啓蒙普及活動を担ってきた。 長崎県と熊本県のみ• の旧浦上天主堂被爆遺構や被爆マリア像を加えようとする別の市民運動もあった。 当初、重要文化的景観は(バッファーゾーン)として適用する計画であった。 奈留島へは五島産業汽船と同区間を異なる時間帯でも就航しているほか、がと五島列島を結ぶを、またとしてもある• 長崎市では私設の十六番館資料館が閉鎖したことによりなどの貴重な史料が散逸した経緯がある• 既存施設は潜伏キリシタンそのものを扱っており、世界遺産としての集落に焦点をあてたものではない 出典 [ ]• 2018年6月30日. 2018年6月30日閲覧。 2018年6月30日. 2018年6月30日閲覧。 『よくわかる潜伏キリシタン関連遺産』 潜伏キリシタン研究会()• [ ]• 、 [ ]• (2013年9月27日時点の)、• SankeiBiz 産経デジタル. 2013年9月17日. の2013年9月28日時点におけるアーカイブ。 日本経済新聞 電子版 日本経済新聞社. 2014年7月10日. 2016年10月4日閲覧。 西日本新聞 西日本新聞社. 2016年2月4日. の2016年2月5日時点におけるアーカイブ。 毎日新聞 毎日新聞社. 2016年3月3日. 2016年10月4日閲覧。 朝日新聞デジタル 朝日新聞社. 2016年3月4日. 2016年10月4日閲覧。 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産. 長崎県世界遺産登録推進課 2016年6月6日. 2016年10月4日閲覧。 YOMIURI ONLINE 読売新聞社. 2016年3月25日. の2016年3月27日時点におけるアーカイブ。 長崎新聞. 2018年4月16日. 2018年4月22日閲覧。 2018年5月5日. 2018年5月5日閲覧。 毎日新聞 毎日新聞社. 2016年5月30日. 2016年10月4日閲覧。 時事ドットコム 時事通信社. 2016年7月25日. 2016年10月4日閲覧。 CHRISTIAN TODAY. 2016年7月27日. 2016年10月4日閲覧。 YOMIURI ONLINE 読売新聞社. 2016年7月26日. 2016年10月4日閲覧。 長崎新聞 長崎新聞社. 2016年8月18日. 2016年10月4日閲覧。 長崎新聞 長崎新聞社. 2016年7月26日. 2016年10月4日閲覧。 長崎新聞 長崎新聞社. 2017年9月15日. 2017年9月21日閲覧。 (報道発表、2018年6月30日)• 2018年6月30日. 2018年7月1日閲覧。 2018年6月30日• 2018年7月3日. 2018年7月6日閲覧。 2018年7月2日. 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ニュース. 2020年2月29日 テレビ長崎 Yahoo! ニュース. 2020年3月3日• テレビ長崎 Yahoo! ニュース. 2020年7月10日• 外務省. 2018年4月5日閲覧。 2017年12月15日九州経済調査協会主催 『世界遺産を活用した地方創生~長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 世界遺産登録応援セミナー』:「世界遺産を活用した地方創生~残念な観光地にならないために」レジュメ• 読売新聞2018年5月9日 「景観に歴史 信仰心読む」 服部英雄 「」 2018年6月5日放送• 長崎新聞 Yahoo! ニュース. 2018年7月8日. 2018年7月13日閲覧。 長崎県. 長崎新聞. 2018年7月13日. 2018年7月14日閲覧。 大平晃久 『浦上地理』第3号(長崎大学学術研究成果リポジトリ)• 西日本新聞. 2018年12月13日. 2018年12月29日閲覧。 長崎新聞. 2018年7月12日. 2018年7月19日閲覧。 Mincheol Kim. 2015年3月2日. 2018年8月3日閲覧。 長崎新聞 Yahoo! ニュース. 2018年12月12日. 2018年12月12日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 ウィキニュースに関連記事があります。

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平戸・佐世保1泊2日の観光モデルコース

平戸 世界遺産

平戸市は長崎県の北西部にある異国情緒漂う土地で、CMの撮影にも使われることもある風光明媚な地域。 佐世保市はハウステンボスや九十九島パールシーリゾートなどの有名な地域です。 そんな平戸市と佐世保市には、世界文化遺産の「潜伏キリシタンが何を拝むことによって信仰を保ち続けたかを示す集落」があります。 禁教期には、納戸神や島や山を拝んでいた「平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳)、殉教の地である「平戸の聖地と集落(中江ノ島)」、黒島の集落牧場跡の再開発のために移住し、マリア観音を信心していた佐世保の「黒島の集落」の3つが世界文化遺産の構成資産です。 今回は、世界遺産と教会巡り、さらに観光と日本遺産も体験する欲張りなモデルコースを作りました。 どうぞご覧ください。 Contents• 長崎の北西部にある生月島まで、海岸線から内陸部を通る西九州自動車道を経由して約2時間。 茶畑や果物畑の光景を見ることができる気持ち良いドライブをお楽しみください。 平戸市に到着したら、先ずはランチを頂きましょう。 平戸市は魚介類がたいへん美味しい地域ですのでグルメも期待できますが、完全予約制のお店もありますので、ご注意くださいね。 生月島に渡る生月大橋から海沿いの道からは、中江ノ島を眺めることができます。 (追記をご参照ください)。 ランチ 12:00~12:50 大敷食堂(おおしきしょくどう) 出典: 元定置網置き場だった建物を食堂に改装したという店舗は、海の近くにあって塩の香が感じられ、 新鮮な魚介料理と地元の伝統料理などがいただけます。 出典: メニューはなく、希望によって料理を決めてくれるのも魅力です。 カトリック山田教会 13:05~13:25 出典: 隠れキリシタンからカトリック信徒となる人々が比較的遅い時期になって表れた地域に建てられている鉄川与助氏の設計・施工によるロマネスク様式の教会。 大正元年(1912年)に完成しました。 教会内部には、生月の4つの殉教を紹介するレリーフや、カトリックの「七つの秘跡」(洗礼・堅信・聖体・ゆるし・叙階・結婚・病者の塗油)を表したステンドグラスが飾られています。 このステンドグラスは、1990年頃に当時の主任知司祭が 蝶を採集して作り上げた大変貴重なものです。 出典: 教会の前庭にある列聖記念碑は、寛永11年 1634年 に殉教した生月島出身の司祭「トマス西」を記念しています。 日本人司祭として初めて、昭和62年(1987年)にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって列聖されました。 非常に美しい教会ですので、ぜひ内部をゆっくりご覧ください。 カトリック山田教会 【所在地】長崎県平戸市生月町山田免440-2 【電話番号】0950-53-0832 【内覧時間】9:00~17:00 次の目的地、平戸市生月町博物館・島館までは県道42号線を経由して約10分です。 平戸市生月町(いきつきちょう)博物館・島の館 13:40~14:20 出典: 隠れキリシタンの島として知られている生月。 生津島は、江戸時代には捕鯨の島として有名。 平戸藩の財政をも支えていたと言われるほど栄えていました。 トビウオ(あご)漁も盛んにおこなわれていて、近年ブームになっている「あごだし」は、平戸市が火付け役とのこと。 多数の「あごだし」が販売されています。 おかけ絵 出典: 島の館には、そんな生月の捕鯨についての日本最古の資料や剥製の展示、隠れキリシタンの聖画、おかけ絵、納戸神の再現など興味深い資料が多く展示されています。 特に家の中にひっそりと安置され、 家人ですらめったに目にすることができなかったという納戸神は必見です。 生月大橋を通って約7分で到着します。 春日集落 14:30~15:30 出典: 世界文化遺産春日集落の拠点施設である「かたりな」では、 潜伏キリシタンの歴史の語り部である高齢の方々が、お茶や御菓子を準備して待ってくれています。 親切に接してくれますので、気軽にお話を聞いてみて下さいね。 また、「かたりな」は春日集落の案内所もかねていて、国の重要文化的景観に選定された「春日の棚田」を見学するための自転車(電動アシスト自転車・4時間500円)の貸し出しも行っています。 棚田の近くまでは車で行くことができませんので、棚田見学にはぜひこの自転車をどうぞ。 【営業時間】8:30~17:30 【定休日】12月31日~1月3日 次の目的地である平戸市切支丹資料館へは県道19号線で15分ほどです。 平戸市切支丹資料館 15:45~16:10 出典: 住民全てが隠れキリシタンだったと言われる根獅子に建つ「平戸市切支丹資料館」には、 この土地ならではの深い信仰を表す史料が多く展示されています。 メダリオンや隠れキリシタンの祭具、禁教令の高札など、キリシタンの歴史を知る上で貴重な遺物が並んでいます。 平戸市生月町博物館・島の館とあわせてご観覧いただくことで、より世界遺産についての知識が深まることでしょう。 出典: 平戸市切支丹資料館 【所在地】長崎県平戸市大石脇町1502-1 【電話番号】0950-28-0176 【開館時間】9:00~17:30 【休館日】水曜日及び12月29日~1月2日 【入館料】小中学生70円・高校生150円・大学生以上200円 次の目的地の平戸オランダ商館へは国道19号線を通って、約30分で到着します。 平戸オランダ商館 16:40~17:15 出典: 長崎の出島よりも前の、寛永16年(1639年)に建てられた、日本とオランダの交流が最も盛んだった時期を象徴する建物。 日本で初めての石造り建造物とされていましたが、寛永18年(1941年)に幕府の命により、貿易のすべてが出島に移されることになり、商館は取り壊されてしまいました。 この建物を忠実に再現して復元したのが、平成23年(2011年)にオープンした現在の平戸オランダ商館。 貿易関係・航海用具・書物・絵図、当時使用された食器やワイングラスなどのとても興味深い展示物が並んでいます。 出典: 周辺に並ぶクラシックな建物は、喫茶店やお土産店。 近隣には「オランダ井戸」「オランダ塀」「ジャガタラの道」「オランダ埠頭」などもあり、 小規模ながら異国情緒が楽しめる町並みになっていますよ。 平戸オランダ商館 【所在地】長崎県平戸市大久保町2477番地 【電話番号】0950-26-0636 【営業時間】8:30~17:30 【定休日】6月第3週の火・水・木 【入館料】小中高生200円・大学生以上300円 本日の宿、平戸海上ホテルへは約5分で到着です。 平戸海上ホテル 17:20~ 出典: 全室オーシャンビュー。 各階にコンセプトを持たせた内装が特徴の平戸海上ホテル。 海を一望できる露天風呂、貸し切りの展望露天風呂、 浴槽の周りが水槽になっていて魚が泳ぐのを眺めながら入浴できる大浴場などを擁します。 出典: 丁寧に作られた地産地消の 会席料理も大好評。 ゆっくりのんびり平戸の夜をお過ごしください。 次の目的地、平戸ザビエル記念教会へは県道153号線または県道200号線を経由して約6分で到着します。 平戸ザビエル記念教会 10:20~10:40 出典: 昭和6年(1931年)に建立された高い尖塔を持つ、平戸を代表する観光施設として多くの人が訪れる教会。 日本で最も美しい教会の一つと言われています。 創建から40年後に教会の横にフランシスコ・ザビエルの像を設置。 出典: また、敷地内に建つ殉教者顕彰霊之碑のモニュメントは、十字架の上にイエス・キリストが両手を広げて立っているという 美しくも珍しい形をしています。 カトリック中野教会 【所在地】長崎県平戸市山中町971横 390 【電話番号】0950-24-2614 次のカトリック紐差教会へは県道60号線を経由して約10分で到着します。 カトリック紐差教会(ひもさしきょうかい) 11:25~11:40 出典: 昭和4年(1927年)に竣工された、鉄川与助氏の設計・施工の教会。 昭和20年(1945年)に倒壊した 旧浦上天主堂が再建されるまで、日本で最も大きい教会堂。 潜伏キリシタンではなく、明治初期に洗礼を受けた信者が多いのが、この紐差教会の特徴といわれています。 出典: ロマネスク様式の外観と、アーチを描く天井、美しいステンドグラスの内装、鉄川与助氏が好んだ花柄(菊花)の模様がそこここに飾られているどことなく寺院の雰囲気もある 珍しいスタイルの教会です。 カトリック宝亀教会 【所在地】長崎県平戸市宝亀町1170 【電話番号】0950-28-0324 【内覧時間】9:00~17:00 昼食 12:35~13:25または12:45~13:35 次の目的地の田平教会に向かいますが、途中で昼食タイムをとります。 宝亀教会から15分のところにある「シービューランチ」、または、宝亀教会から25分ほどの平戸大橋を渡ってすぐのところにある、「パンチキチキ」で昼食をいただきます。 シービューランチ 12:35~13:25 出典: 乗馬クラブの中にある老舗レストラン。 広々とした海が見える、 ロケーション最高のお店。 出典: カレー数種、ハンバーグ、平戸和牛ステーキ、スパゲティなどが800円~3000円でいただけます。 パンチキチキ 【所在地】長崎県平戸市平町小手田免843-2F 【電話番号】0950-57-0338 【営業時間】水曜日~日・祝日 9:00~7:00 【定休日】月・火曜日 教会巡りの最後は、田平教会です。 シービューランチからは国道383号線経由で約15分、パンチキチキからは、県道221号線経由で約6分で到着です。 カトリック田平教会 たびらきょうかい 13:45~14:05 出典: 墓地に珍しい形の和洋折衷の墓石が並んでいるのが見える田平教会。 地元では瀬戸山天主堂とも呼ばれています。 日本二十六聖殉教者に捧げて献堂された田平天主堂は、潜伏キリシタンの歴史に登場するド・ロ神父とラゲ神父が明治時代に購入した荒地に、黒島や外海地区から信徒を移住させたのが始まりです。 出典: この教会も長崎県のカトリック教会を設計、建築した鉄川与助氏が手掛けた教会で、イギリス積みの煉瓦作り、色違いの煉瓦を交互に組み合わせた一部木造の建物など特徴的な造りとなっています。 聖堂内側の大変美しいステンドグラスは2年をかけて制作されました。 教会内部の見学は2日前までにインフォメーションセンターへお申し込みください。 カトリック田平教会 【所在地】長崎県平戸市田平町小手田免19 【電話番号】095-823-7650 (長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター) 【受付時間】9:30~17:30 最後の目的地は、日本遺産の構成資産である「三川内焼」の施設。 西九州自動車道を経由して約60分で到着します。 三川内焼伝統産業会館(三川内焼美術館) 15:00~16:30 出典: 平戸焼とも呼ばれる三川内焼(みかわちやき)は、平成28年(2016年)に 日本遺産「日本磁器のふるさと 肥前~百花繚乱のやきもの散歩~」に認定されました。 日本遺産は、平成27年(2015年)から始まった文化庁が、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語る物語を認定するものです。 三川内焼は、唐子絵の染付・菊花飾細工・透かし彫りなどの技術が有名で、ここ三川内焼伝統産業会館では、江戸期から明治期までの白磁の作品や、各窯元の現代作家のコーナー、伝統工芸士の方々の作品を多数展示しています。 体験した作品は焼き上げる時間が必要で、手元に配達されるまで半月ほどかかりますが、どうぞ楽しみにお待ちくださいね。 出典:.

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