航空機輸送作戦。 世界の空を飛んでいる巨大航空機たち

データ集/航空戦

航空機輸送作戦

輸送機や戦闘機の撮影コレクション 横田基地にはフライトレーダーには映らないアメリカの軍用機や民間機、自衛隊などいろんな航空機が飛来する。 そんな離着陸するヒコーキたちを撮影した戦闘機・輸送機コレクションをご紹介。 (たまに更新) 📸 の数が多いほど 俺的なレア度高。 その時によってレア度は変わってくるから参考程度にね。 🇺🇸アメリカ合衆国政府の航空機 VC-25 Air Force One アメリカ大統領専用機「エアフォースワン」なんという品格と存在感。 機内にアメリカの大統領が搭乗していると思うとコーフンする。 📸📸📸📸📸 E-4B Nightwatch ナイトウォッチ、国家空中作戦センターとして運用されてる航空機。 核戦争・大規模災害などで地上がダメージを受けてもアメリカ軍を空中から指揮できる空飛ぶ作戦基地。 核爆発による電磁パルス EMP に対するシールドも施されている特別な航空機で国防長官が搭乗する。 📸📸📸📸📸 C-32A Air Force Two ボーイング757-200をベースとした要人輸送機。 アメリカ合衆国副大統領の搭乗機(エアフォース ツー)としても運用される。 📸📸📸 C-37A Gulfstream V 📸📸 C-40C Clipper ボーイング737-700BBJをベースとした人員輸送機。 📸📸 アメリカ空軍 United States Air Force RQ-4B Global Hawk 無人偵察機グローバルホーク。 三沢基地の滑走路工事のため横田基地にBLOCK30とBLOCK40の2タイプが一次展開。 どちらもとても静か。 すっかりお馴染みになった。 📸 C-130J Super Hercules 横田基地に新しく配備された最新型スーパーハーキュリーズ。 独特なフォルムがカッコイイ!レーダーには写らないけどカメラにはよく映る。 📸📸📸📸 F-15C Eagle テイルコードはZZ。 嘉手納基地所属のアメリカ空軍第18航空団のF-15Cイーグル。 アラスカのレッドフラッグからの帰り道。 6機のF-15Cが立ち寄り。 📸📸📸 A-10 Thunderbolt II 地上の戦車や装甲車が震え上がるアベンジャーを持つ近接航空支援専用機。 毎年、お馴染みの横田基地日米友好祭に地上展示のためグッズをたっぷり持ってオーサン基地から飛来。 📸📸📸 F-16 Fighting Falcon 米空軍三沢基地所属のF-16ワイルド・ウィーゼル。 PACAFデモチームのパイロット、スミーディング PUNCH 少佐が岩国基地でのデモフライト前にお立ち寄り。 📸📸📸 在韓米軍、鳥山基地の所属機。 PACAFレターと兵装モリモリのF-16ファイティング・ファルコン MC-130J Commando II アメリカ空軍の最新型特殊作戦機。 ロッキード・マーチン社製。 他の航空機への空中給油や部隊の潜入支援、航空輸送や特別作戦を行う部隊への再補給などスペシャル・ミッションをこなす。 📸📸 MC-130H Combat Talon II 機首が印象的な最新型特殊作戦機。 MCシリーズのひとつ。 MCのMはマルチミッショのMでどんなミッションもこなす。 東日本大震災でダメージを受けてる仙台空港へ着陸して復旧させてくれもMC-130だ。 Arigatou! 📸📸 E-3 Sentry AWACS 警戒監視・情報収集・指揮管制を行なう早期警戒管制機AWACS。 📸📸📸 RC-135V Rivet Joint リベット・ジョイント、信号情報収集機。 機体各部にアンテナが多数配置されて電子信号の傍受を行うのが任務。 📸📸📸 OC-135B Open Skies 📸📸📸 C-146A Wolfhound 謎多き特殊作戦機。 📸 C-130H Hercule ギリシア神話のヒーロー、ヘラクレスの名前を持つ戦術輸送機。 震災のときは各地への物資輸送で援助してくれた。 横田基地では H型からJ型にすべて機種変されたのでレア機になった。 📸📸📸 C-17A Globemaster III C-5戦略輸送機並の大型貨物の長距離空輸能力とC-130戦術輸送機並みの短滑走路での離着陸が可能な性能を持つ大型長距離輸送機。 特徴は主翼の先にウイングレッドという小さな翼が付いてる。 これだけ覚えとけば見分けがつく。 あとは前輪ひとつとエンジン4発。 📸 C-5M Super Galaxy 超大型長距離輸送機。 超大型の名に相応しくCH-47チヌークを3機も格納できる。 その巨大な姿で飛んでくる様は存在感ありまくる。 輸送業務は C-17 に移行しているみたいで見れる機会は少なくなってきた。 特徴はこのデカさとやたらある車輪と長い胴体。 📸 KC-10A Extender McDonnell Douglasのエクステンダー。 今はレアな存在になった魅惑の三発エンジン機。 熱烈なファンが多く何枚でも撮っても撮り足りない魅力的なフォルム。 📸📸 KC-135R Stratotanker ベテランの空中給油機。 戦闘機たちのガソリンスタンド。 📸📸 CV-22B Osprey 第21特殊作戦群に所属する空軍仕様のオスプレイ。 当初はレアだったけどすっかりお馴染み。 たまに訓練でタッチ&ゴーしにぐるぐる周りにやってくる。 ローパス、タッチ&ゴーの訓練でちょくちょくアプローチしてくる。 📸📸📸 C-20G Gulfstream IV 海軍仕様機 📸 E-2C hawkeye 厚木基地所属のVAW-115リバティーベルズ。 大型の円盤型レドームが目立つ早期警戒機E-2C。 長きにわたって日本の空を守ってくれたリバティーベルズは、2017年の夏で本国に帰還。 📸📸📸 C-2A Greyhound 厚木基地から飛んできた。 艦上輸送機で厚木基地とジョージワシントンの間を行ったり来たり。 こちらもギアダウンして横田基地に着陸。 📸📸📸 C-40A Clipper ボーイング737-700BBJをベースとした人員輸送機。 海軍はA型。 岩国基地からいろんな部隊のホーネットが飛来する。 横田基地の防災訓練にやってきたCAG機は真っ赤な尾翼がカッコイイ!他のヘリに比べて全然静かだ。 📸📸 EA-6B Prowler アメリカ海兵隊 EA-6Bプラウラー。 横田基地の友好祭のために飛来。 退役になったのでもう見れない。 📸📸📸📸 C-20G Gulfstream アメリカ陸軍 United States Army UH-60 Blackhawk 2つ星をつけて要人輸送の任務。 オレンジラインが目立ってる。 📸📸📸 GulfstreamV アメリカ沿岸警備隊 USCG のガルフ 📸📸📸 世界各国のエアフォース Air Force 横田基地は国連軍施設でもある。 そのためにたびたび世界の飛行機が飛来してくる。 どれもレアな飛行機なので楽しみ。 王立空軍 ROYAL AIR FORCE 🇬🇧 女王陛下の空軍。 KC-2 Voyager ZZ330 王立空軍の創立100周年記念ロゴ RAF100 の塗装機 📸📸📸📸📸 タイ王国空軍 ROYAL THAI AIR FORCE 🇹🇭 タイ王国空軍は比較的見る機会があり機体の種類も多くコレクターを喜ばせてくれる。 Airbus A340-54 HS-TYV 欧州の航空機メーカー、エアバス社の機体が横田基地に着陸するのは珍しい。 📸📸📸 A319-115CJ HS-TYR 📸📸📸 C-130J-30 胴体が長いタイプのハーク。 📸📸📸 Sukhoi Superjet 100 ロシアの公共株式会社スホーイ・カンパニーのスホーイが横田基地にきたことも。 機体メーカーがレア。 ニューカレドニアに飛んでってまた戻ってきた。 📸📸📸📸 カナダ空軍 Royal Canadian Air Force 🇨🇦 CC-144B 144618 横田から飛び立ったCC-144B、北朝鮮に拘束されていたカナダ人牧師を連れて帰ってきた。 📸📸📸📸 その他 FAA Bombardier Challenger 毎年恒例。 ぐるぐるとチャッカーフライトになってくる。 📸📸 C-20A Gulfstream III NASA アメリカ航空宇宙局 の飛行機。 胴体の下にある合成開口レーダー UAVSAR が収納されたポッドで火山活動の調査をしていたようだ。 📸📸📸📸 自衛隊 C-2 輸送機 国産輸送機。 📸 CH- 47チヌーク 航空自衛隊の大型ヘリコプター。 人員や物資などなんでも運ぶ頼もしいやつ。 📸 U-4 ユーフォー ガルフストリーム・エアロスペース 航空自衛隊の多用途支援機。 指揮連絡、小型軽量貨物の空輸、訓練支援などで使用されている。 📸 C-1 輸送機 因幡の白兎が舞台マークの美保基地のC-1。 横田基地に来るのはちょっと珍しい。 📸📸 C-130H 小牧基地から飛来。 友好祭などのイベント以外でもたまに飛んでくるのでレア度は低め。 📸 F-2A 三沢基地から友好祭の地上展示のため飛来。 年1回のお楽しみ。 📸📸 RF-4E ファントム II 百里基地から友好祭の地上展示のため飛来。 📸📸📸 F-15J イーグル 小松基地から友好祭の地上展示のため飛来。 📸📸📸 KC-767 小牧基地から友好祭の地上展示のため飛来。 ド派手な帰投は定評がある。 📸📸📸 U-125A 救難捜索機 📸📸 P-3C オライオン 海上自衛隊のシーイーグル。 どんな日でも決まった時間に偵察任務。 📸 C-130R 海上自衛隊厚木航空基地 第61航空隊のC-130R。 高いとこを航過。 📸📸 横田基地にはいろんなヒコーキが飛んでくる。 目新しいヒコーキが飛んできたら戦闘機・輸送機コレクションを追加していくぞ!.

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艦これ 遠征 遠征の出現条件 任務 編成 遠征資材

航空機輸送作戦

背景 [ ] 1944年(昭和19年)8月初旬、アメリカ軍はおよびを完了、も終盤に入り、を終わりつつあった。 次の攻略目標をどこにするかは戦略の見直し中のため未確定な状況にあったが、高速空母機動部隊であるは、7月下旬に方面の空襲と写真偵察を目的とした「スナップショット作戦」(: Operation Snapshot)を実行するなど活動を続けていた。 そして、スナップショット作戦に続く任務として立案されたのが、小笠原諸島の航空戦力や所在艦船、地上施設に対する航空攻撃で、「スカベンジャー作戦」(意味は参照)と命名された。 第58任務部隊のうち第58. 1任務群(司令官:少将)と第58. 3任務群(司令官:アルフレッド・モントゴメリー少将)の4隻(ホーネット、ヨークタウン、レキシントン、エンタープライズ)と2隻および以下32隻が、スカベンジャー作戦へ投入されることになった。 日本軍は、マリアナ諸島に続けてへもアメリカ軍が侵攻することを危惧し、の名の下に硫黄島を中心とした小笠原諸島の防備強化を急いでいた。 7月29日、1番艦をとする(司令官:)以下の乙直接護衛部隊に守られた第3729船団が、硫黄島へ向け出航していた。 同船団を重視したは、後に応急出動用として待機していた軽空母まで護衛に投入した。 日本の文献では、この瑞鳳出動が空母撃沈を狙ったアメリカ機動部隊の襲来を誘発してしまったと述べるものもある。 船団の経由地到着までの間接護衛を命じられた瑞鳳は 、の12機を載せ、第十戦隊所属の駆逐艦4隻(第4駆逐隊《、》、第61駆逐隊《、》)を随伴して出撃した。 ほかにも父島や硫黄島には輸送艦船が在泊中であった。 小笠原方面の日本側防空戦力は、6月15日以来の度重なる空襲や輸送途中の被害から不十分な状態であった。 海軍航空隊は新編の(司令長官:)が主力だったが、8月4日時点での可動機数は、硫黄島に(252空)所属の16機を中心に、4機と・各2機がある程度だった。 ほかに、父島には(父島空)の5機・水上偵察機4機が展開していた。 も、父島方面特別根拠地隊に4隊を編入するなど最優先で増強が図られていたが、第142防空隊と第151防空隊は人員のみで装備未到着だった。 戦闘経過 [ ] アメリカ艦隊の北上 [ ] パラオ方面でのスナップショット作戦を終えた第58任務部隊は、7月29日に洋上給油を受けた後にマリアナ諸島沖へ戻った。 続けてスカベンジャー作戦に向かう第58. 1任務群と第58. 3任務群は、8月1日からサイパン沖で弾薬補給を受けようとしたが、悪天候のため作業は失敗し、各種航空爆弾・が不足したまま出撃しなければならなかった。 8月2日午後、給油だけを済ませた2個の任務群は、小笠原諸島を目指して出発した。 日本海軍は、8月2日、により有力なアメリカ艦隊が行動中であると察知し、小笠原方面での警戒を強めた。 日本船団(旗艦松)は、8月1日父島着、8月2日に硫黄島着と無事に輸送を終え、帰途に就いていた。 瑞鳳以下の間接護衛隊は8月3日にへ帰投した。 船団本隊は父島で再編成され、第4804船団(輸送船5隻・護衛艦5隻)と改名して8月4日朝に父島を出港することになった。 輸送船は陸軍徴用船が昌元丸(:4739総トン)と利根川丸(松岡汽船:4997総トン)の2隻で、残る延寿丸(:5374総トン)、龍江丸(:5626総トン)および第七雲海丸(:2182総トン)が海軍徴用の特設運送船。 護衛艦艇は、駆逐艦松(旗艦)、同、、および。 ただし、駒宮(1984年)はも挙げている。 第4804船団という呼称は担当地区の船団に用いられていた命名規則に基づく命名で、千の位の4は横須賀・間で運航される上り船団を、下3桁の804は8月4日出航を意味する。 8月4日の戦闘 [ ] 8月4日朝、アメリカ軍は、第58. 1任務群の航空機を父島へ、第58. 3任務群の航空機を硫黄島へ発進させた。 日本軍は午前9時25分頃(日本側時間。 以下同じ)に硫黄島のでアメリカ軍機の接近を探知すると、を発令した。 硫黄島基地では零戦14機を空中退避のため発進させ、その他の機体は地上で分散隠蔽を図った。 第4804船団は直ちに本土へ向けて出航することになり 、父島在泊のとも洋上に退避した。 アメリカ軍の攻撃隊は午前10時前に硫黄島に来襲し、主に飛行場地区へ爆撃とを行った。 によれば地上で陸攻4機と天山1機が撃破されたほか、零戦2機が未帰還となった。 他方、硫黄島基地航空隊のによれば、翌日の可動機数見込みが零戦11機、陸攻・天山・月光各2機となっている。 碇泊中の3隻の輸送艦も空母やから発艦した航空隊により攻撃を受け 、(悪天候で破損状態)が直撃弾1発・至近弾8発で午後3時半頃に沈没 、も至近弾と機銃掃射で浸水して同じ頃に海岸へ擱座全損となった。 父島沖で空襲を受けつつある第4号海防艦または第12号海防艦。 硫黄島よりも後れて、父島方面でも午前10時40分頃から空襲が始まった。 アメリカ軍機は洋上退避した日本船団を発見すると、地上施設よりも艦船に攻撃を集中した。 わずか9の速力で退避中の第4804船団は、第2波までの空襲を沈没艦船無しでしのいだが、午後4時からの第3波空襲で輸送船のうち昌元丸(:4739)、延寿丸(:5374総トン)、龍江丸(:5626総トン)および第七雲海丸(:2182総トン)の4隻が沈没した。 空襲終了時には利根川丸(松岡汽船:4997総トン)のみとなり 、各護衛艦も至近弾などで損傷した。 船団と別に第4号輸送艦も西方で軽空母航空隊の爆撃を受け大破し 、父島の二見港に 、輸送船弥生丸(図南汽船:495総トン)も大破した。 アメリカ軍は、第4804船団の存在を知ると 、2個の任務群から、、、の軽巡4隻と駆逐艦7隻を割いて第58. 16任務隊(指揮官:少将)を編成し、水上攻撃のために分遣した。 第58. 16任務隊は、午後4時30分頃に父島東方を通過 、午後6時から7時頃に南西で第4804船団を捕捉し、聟島海軍見張所の視界内で砲戦となった。 駆逐艦松座乗の高橋少将は、に利根川丸の護衛を命じると、自艦は反転して反撃を試みた。 だが の地点(アメリカ側記録 )で集中砲火を浴びて炎上し沈没した。 高橋少将もこの戦闘で戦死している。 その後、利根川と第四号海防艦は夜間空襲を受け、利根川が被弾炎上。 第58. 16任務隊はの水平射撃で抵抗する利根川丸もで照らし出して砲撃、午後9時頃に撃沈した。 第四号海防艦は生還し、内地に帰投。 旗風と第十二号海防艦も生還した。 4日深夜、日本側は、夜間索敵攻撃のため所属の陸攻6機をから出撃させた。 5日早朝に2機が第58. 16任務隊を発見して攻撃したが命中せず、別の1機は敵戦闘機により撃墜された。 の哨戒機3機も戦闘機と遭遇するなどして未帰還となっている。 8月5日の戦闘 [ ] 父島二見湾に残っているの残骸。 5日、アメリカ軍は2個任務群の攻撃力の多くを父島へ集中した。 父島の日本軍レーダーは午前5時18分に敵機を捉え、同45分頃から激しい空襲が始まった。 第58. 16任務隊もを発進させて、午前9時5分頃から10時25分頃にかけて父島へを加えた。 バンカー・ヒルの航空隊は、前日に擱座していた第4号輸送艦にとどめを刺し 、第2号輸送艦も被爆着底させた。 そのほか、弥生丸はで撃沈され、で損傷していた輸送船(大連汽船:5418総トン)も魚雷を受けて炎上全損、感應丸被爆沈没などとなった。 は湾内で応戦していて無事だった。 艦砲射撃は陸上の建物にも命中したが、損傷は軽微だった。 母島にも午後0時35分から午後2時15分にかけて戦闘機及び爆撃機計30機(日本側記録)が襲来したが、少なくとも日本海軍部隊に被害は無かった。 硫黄島には大規模な空襲は無かった。 マリアナ諸島からが飛来して爆撃を行ったほか、少数の戦闘機が出現した程度だった。 日本側は零戦5機で迎撃を試みたが、敵機を捕捉できなかった。 アメリカ軍は2日間の作戦を終え、8月9日にの泊地へ帰投した。 結果 [ ] スカベンジャー作戦による戦闘で、日本軍の艦船は大きな損害を受けた。 海軍の正規輸送艦4隻が沈没ないし擱座して完全に失われたほか、第4804船団の輸送船5隻の全滅など徴用汽船・12隻が沈没または炎上破損した。 『父島方面特別根拠地隊戦闘詳報』には、戦闘経過で既述の各船のほか特設北開丸(:407総トン・擱座)や南陽丸(航行不能)、特設慶南丸(小破・艇長戦死)、機帆船長島山丸(浸水・機械故障)が挙げられている。 第4804船団の残存護衛艦4隻は、損傷しながらも6日になど日本本土へたどり着いた。 なお、第4804船団の生存者の一部は、捜索に出動したと特設駆潜艇第二関丸により8月7日に救助されたほか 、利根川丸で唯一の生存者がアメリカのによって収容されている。 また、特設駆潜艇第六玉丸(西大洋漁業:275総トン)が第4804船団の生存者捜索中に行方不明となり、同船は8月9日に米潜水艦の雷撃を受けて撃沈されたことが戦後になって判明した。 2日間で日本軍航空隊は14機が未帰還となり、23機が損傷した。 うち父島空の損害は水戦5機と水偵4機(内2機修理可能見込み)で、可動機が無くなっている。 なお、日本側防空部隊は対空砲弾をほとんど撃ち尽くし、途中から射撃を制限するような状況に陥っていたため、8月10日から13日にかけて軽巡およびなど海軍艦艇6隻による緊急輸送が実施された。 アメリカ軍側の損害は、航空機若干の損失にとどまった。 父島では脱出搭乗員2人が島内に降下し、うち1人は抵抗したため日本兵に射殺されている。 別に5日午前0時過ぎに大型哨戒機も1機撃墜され、乗員1人がとなった。 その後の小笠原諸島の状況 [ ] スカベンジャー作戦の終了後、アメリカ太平洋艦隊の高速空母機動部隊は、第一高速空母任務部隊(指揮官:中将)と第二高速空母任務部隊(指揮官:中将)に分割された。 8月26日には中部太平洋方面のアメリカ艦隊司令官が、大将()から大将()へ交代し、高速空母機動部隊の総称も第38任務部隊に改称した。 休養をとった第38任務部隊は、8月31日から9月2日にかけて、第4群である第38. 4任務群(指揮官:ラルフ・デイヴィソン少将)を派遣して、再び小笠原諸島を攻撃した。 空襲と艦砲射撃により、小笠原諸島の日本海軍航空部隊は零戦5機撃墜・8機地上撃破などの損害を受け、可動機は水偵1機という壊滅状態となった。 可動艦艇も駆潜艇1隻・機帆船3隻に落ち込んだ。 アメリカ側の損害は若干の航空機を失っただけであったが、被撃墜機の中には後にとなる中尉の乗機も含まれていた。 その後もアメリカ軍は、機動部隊やマリアナ諸島に展開したB-24爆撃機による攻撃を反復し(昭和20年)2月の直前にピークに達した。 B-24は敷設も行った。 日本側は高速の輸送艦を多用するなどして輸送努力を続けたが、第3905船団が潜水艦に全滅させられるなど被害が続出し、小笠原諸島の日本軍は孤立化が進んだ。 ただし、硫黄島以外に上陸作戦は行われないままを迎えた。 孤立した父島の日本軍守備隊では極度の飢餓から小笠原事件(父島事件)が発生した。 167-168. 第四駆逐隊 『自昭和十九年七月一日 至昭和十九年七月三十一日 第四駆逐隊(野分)戦時日誌』 JACAR Ref. C08030145900、画像12-13枚目。 、画像3枚目。 、画像11枚目。 『自昭和十九年八月一日 至昭和十九年八月三十一日 海上護衛総司令部戦時日誌』 JACAR Ref. C08030137600、画像12枚目。 、71頁。 、画像25枚目。 519-520. 、画像35枚目。 、画像27枚目。 、画像15-16、19枚目。 81頁では軽巡3隻・駆逐艦12隻の計15隻とする。 、画像6枚目。 、画像22枚目。 、画像40枚目。 、画像38枚目。 、画像42-43枚目。 、画像33枚目。 第十一水雷戦隊司令部 『自昭和十九年八月一日 至昭和十九年八月三十一日 第十一水雷戦隊司令部戦時日誌』 JACAR Ref. C08030127600、画像31-32枚目。 , pp. 532-534. 参考文献 [ ]• 「第二章 戦場の海防艦(昭和十九年)」『日本海防艦戦史』図書出版社、1994年9月。 駒宮真七郎『戦時輸送船団史』出版協同社、1984年。 『艦長たちの太平洋戦争 34人の艦長が語った勇者の条件』光人社〈光人社NF文庫〉、1993年。 実戦即訓練 太平洋戦争時、駆潜艇3号艇長、海防艦第4号艦長、 潜水母艦「駒橋」艦長 [ ]等• 戦史室『本土方面海軍作戦』朝雲新聞社〈〉、1975年。。 『父島方面特別根拠地隊第四号 自昭和十九年八月四日 至昭和十九年八月五日 米機動部隊ニ対スル戦闘』 (JACAR) Ref. C08030275300。 Carter, Worrall Reed 1953. Washington DC: Department of the Navy. Cressman, Robert 1999. Annapolis MD: Naval Institute Press.

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空輸作戦(くうゆさくせん)とは

航空機輸送作戦

航空機により部隊や物資を迅速に輸送する作戦。 離れた戦場で速やかに軍隊をつくりあげるときなどにはとくに有効である。 陸上輸送や海上輸送に比べると、運ぶことのできる量に限りはあるが、速度が著しく速いという特性がある。 航空機による輸送作戦は、第二次世界大戦で行われるようになったが、1948年のに対する緊急輸送の成功で、その重要性を再認識させた。 空輸作戦を大きく分けると、戦略空輸と戦術空輸になる。 戦略空輸は、大量の物資を後方の補給基地から前線の集積施設へ運ぶもので、通常は長距離になる。 戦術空輸は、戦略空輸により集積施設に運ばれた物資を、さらに前線の各地に輸送するもので、末端の組織に兵員や資材、物資を分配するもの。 未整備の飛行場もあるため、非舗装滑走路の使用能力や短距離離着陸能力も必要になる。 また着陸できないような場所への補給では、空中投下も行う。 状況によっては、大型の輸送ヘリコプターを使っての端末空輸も実施される。 近年では、戦略空輸と戦術空輸の両能力を兼ね備える、高性能の大型輸送機も開発・実用化されている。 [青木謙知].

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