キック ジャガー。 なつぞらキックジャガーのモデルはタイガーマスク!結末が感動!|朝ドラマイスター

ジャガー (ローカルタレント)

キック ジャガー

スポンサーリンク こんにちは、ツクです。 朝の連続テレビ小説「なつぞら」は、なつがアニメーターとしての実力を身に着け周りからも認められるようになってきました。 なつのもとにも、いよいよ作画監督の話が舞い込んできますが、「キックジャガー」という作品。 ジャガーのマスクをつけたミックジャガーが孤児院の為にキックボクシングを戦うというお話のようですが、マスクと孤児院とくれば、これはモデルはタイガーマスクですね。 キックボクシングといえば当時はやっていたのがキックの鬼。 物語はタイガーマスクですがキックの鬼も要素に含まれているのでしょうか。 「キックジャガーのモデルはタイガーマスク?東映アニメーションの動画は?」と題してモデルと思われる懐かしい作品に触れてみましょう。 それでは進めて参りましょう。 キックジャガーのモデルはタイガーマスク? タイガーマスクが流行った時代 なつが初めて作画監督を手掛けるのは思いきり男の子向けのアニメーションですね! 当時はスポコンものが流行っていた時代ですね。 タイガーマスクはどんなアニメだったのでしょう。 原作原案は梶原一騎、作画は辻なおきによる漫画で、こちらはプロレス漫画でした。 アニメが放送されたのは1969年ですから、当時はプロレス人気が高かったころ。 ジャイアント馬場やアントニオ猪木が活躍していた時代ですね。 タイガーマスクの登場人物 主人公はマスクをかぶっており真の姿は知られていません。 タイガーマスク 伊達直人 常に孤独を抱えた存在で、ヒロインのルリ子とともに、孤児院「ちびっこハウス」で育ちました。 中学生を喧嘩でやっつけた所を見込まれて「虎の穴」と呼ばれる悪役レスラー養成所で鍛え上げられます。 当初は「虎の穴」出身の悪役レスラーらしく、反則お構いなしのプレースタイルでしたが、ちびっこハウスの子供に正しい道を示してほしいと言われて、正当派のレスラーとなり、以来次々と虎の穴から悪役レスラーが送り込まれ戦うことになります。 🐯最終回は虎の穴との最後の死闘。 セル画は9000枚に達し、最高のプロレスアニメの誉れを受けました。 タイガー・ザ・グレートにマスクを剥ぎ取られた後は 「もう子どもたちのタイガーマスクじゃない。 伊達 直人に戻るんだ」と 受けた反則技を倍返し!遂に虎の穴のボスを仕留めます。 — みゅしゃ littlemucha2017 若月ルリ子 ヒロインで、兄は父さんの遺志を継いで「ちびっこハウス」を再建した若月先生です。 主人公の伊達直人とは兄妹のように育った幼馴染、子供たちから慕われています。 直人に恋心を抱き、タイガーマスクではないかと思っています。 6月4日の土曜日 今日はタイガーマスク に 登場する若月ルリ子の 誕生日です。 オレンヂドロップBar スタートしてます! せっかくの土曜日だ! 伊達男にならずに ビシッと飲みにおいでよ! — オレンヂドロップ orangedrop2 健太 「ちびっこハウス」の子供で、タイガーマスクの大ファン。 ジャイアント馬場 アントニオ猪木 大木金太郎 当時活躍していた実在のプロレスラーが登場します。 ミスターX 虎の穴の極東地区統括マネージャー キングタイガー/ビッグタイガー/ブラックタイガー 虎の穴の三人の支配者で、組織の裏切り者はどこまででも追いかけてゆきます。 東映アニメーションの動画は! タイガーマスクは、東映動画で1969年10月2日から1971年9月30日まで全105話が放送されました。 面白い事に、アニメの放映が連載に追いついてしまいオリジナルの漫画とは異なる展開となっていきました。 制作者側は、オリジナルと異なってしまった最終回に対する梶原一騎の反応を恐れていたそうですが、梶原一騎は大いに気に入ったそうです。

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アドン (ストリートファイター)

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スポンサーリンク 「キックジャガー」ってどんなアニメ? 懐かしい漫画! モデルは さん! — OSAMU-無謀なオッサン osagon1967 麻子が「マコプロダクション」を立ち上げ、坂場を誘いにやって来ますが、なつは妊娠しており、坂場は自宅で翻訳の仕事をしているため、子どもが産まれるとなつがアニメーターとして働けなくなることを懸念し、坂場は誘いを一旦保留にします。 なつが子どもを無事出産し、子どもの預け先を探しますが、なかなか見つかりません。 そんな中、先輩ママである下山茜 渡辺麻友 の手助けもあり、坂場は「マコプロダクション」で働くことになります。 一方、なつはテレビ漫画「キックジャガー」で、作画監督を務めることになりました。 この「キックジャガー」というアニメですが、ジャガーマスクを着けた主人公が孤児院のため、キックボクシングで戦うというストーリー。 キックボクシングが題材になっていることを考えると、実在のモデルは「キックの鬼」というアニメのような気がします。 「キックの鬼」は、実在したキックボクサー・沢村忠さんの半生が描かれているアニメで、1970年10月から1971年3月までTBS系列で放送され、1971年3月には、短編アニメ映画にもなりました。 個人的には、「なつぞら」の「キックジャガー」がどんなアニメなのか気になります。 スポンサーリンク 「キックジャガー」の実在モデルは「タイガーマスク」? 【今日は何の日】 1981年4月20日はタイガーマスク二世の放送開始日。 大ヒットアニメタイガーマスクの続編的作品。 「キックジャガー」のストーリーに近い実在のモデルは、プロレスアニメの傑作「タイガーマスク」です。 「タイガーマスク」のストーリーは… 孤児院で育った主人公・伊達直人が、動物園の檻の前でケンカをして相手を叩きのめして悪役レスラー養成機関「虎の穴」スカウトされます。 「虎の穴」で殺人トレーニングを繰り返しているうち、自分と同じような境遇の孤児たちには同じような苦しみを味わって欲しくないという思いを持つようになり、「虎の穴」卒業後にプロデビューしてからは、収入の一部を孤児院に寄付します。 苦しい状況の孤児院を救うため、本来、「虎の穴」に納める分まで寄付をしてしまい、「虎の穴」は裏切り者とみなし、「虎の穴」は次々と刺客の悪役レスラーを送ってきて、そのレスラーたちと死闘を繰り広げます。 「タイガーマスク」は、1969年10月から1971年9月まで日本テレビ系列で放送されました。 「孤児院のために戦う」、「マスクをしている主人公」という部分で一致しているので、ストーリーは「タイガーマスク」がもとになっている可能性大。 ちなみに「キックの鬼」も「タイガーマスク」も原作者は、漫画原作者・小説家の梶原一騎さんです。 キックボクシングは「キックの鬼」で、キャラクター・ストーリーは「タイガーマスク」というのが正しいかも知れませんね。

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【なつぞら】127話の視聴率とあらすじ! キックジャガーの元ネタが話題!

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ドラマでの奥原なつは、実際の奥山玲子とは細かいところで異なる設定が与えられており、奥山以外のアニメーターの要素もいくつか盛り込まれている。 その一つが、「キックジャガー」だ。 ドラマ内では、「キックジャガー」は昭和44年に放送が始まり、昭和47年秋まで3年間続いたことになっていた。 その名前から想像される通り「タイガーマスク」と「キックの鬼」のあわせ技と見て間違いなかろう。 ミック・ジャガーも連想されるが、そこを追求するとややこしくなりすぎるので止めておこう。 「タイガーマスク」も「キックの鬼」も、ともに東映動画の製作で原作もどちらとも梶原一騎、放送時期もほぼ重なっている。 ただし、奥山玲子はどちらの作品にも関わっていない。 もしかしたら名義を変えて(あるいはノンクレジットで)原画を描くくらいはしていたかもしれないが、そこはさすがにわからない。 ここでは関わってなかったことにしておく。 ドラマ内の「キックジャガー」を見た限りでは、ストーリーはほぼ「タイガーマスク」といってよかろう。 ちびっこハウスのようなのも出てきたし、原作漫画とは違う最終回の迎え方がアニメ版「タイガー」に極めて近かった。 ちなみに、「タイガーマスク」は原作が月刊誌だったことなどもあり、放送の途中から原作の種が尽き、途中からオリジナルストーリーが主体となって原作とは違う終わり方をしている。 放送終了時、原作はまだ最終回を描いてすらいなかったのだから、違うのは当たり前だ。 これについて、一見こうるさそうに見える原作者の梶原一騎は一切口を挟まず、むしろアニメならではのきれいな最終回を絶賛していたと言われる。 一方、オリジナルエピソードを作ることになった脚本担当の辻真先は、梶原から何か言われないかと恐る恐るだったというが、「その頃の経験が今やっているミステリー作家の仕事に随分役に立った」と、かつて私とのインタビューで打ち明けてくれた。 さて、そんな中での「キックジャガー」だが、29日の放送回で最終回のカットが完成版の形で披露された。 キャラクターのタッチなどは、まさに当時の「タイガー」のそれだった。 よくここまで再現したなと思ったら、それもそのはず、このアニメを手掛けていたのは、「タイガーマスク」の作画を実際に手掛け大橋学だったことがわかった。 大橋は、「タイガーマスク」の実際の作画監督、木村圭市郎の愛弟子である。 そういえば28日の回で、帰宅を急ぐなつに「原画を見てくれ」と声をかけた若手原画マンがいたが、ひょっとして大橋がモチーフだろうか? そんな大橋の師匠である「タイガー」の作監・木村圭市郎には辻真先と同じく4年前に、直にインタビューして話を聞くことができた。 豪快さで鳴らした木村の作監の仕事はまさに天才肌で、演出担当が書いたコンテを「これは気に入らない、こうしたほうがもっといい」と勝手に書き換えて監督も知らないカットを作ってしまったことも何度かあったという。 結局、度々演出サイドと衝突したことがアダとなり、木村は最終回を迎える前に番組を降り、東映動画からも去ってしまう。 それでも、彼が描いたOPとEDのタイトルバックだけは最後まで放送され続けた。 木村は、「あのオープニングのようにタイガーを描けばいい」と若手原画マンに言っていたという。 それを聞いていた一人が、大橋だったわけだ。

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