いとあはれ いとをかし。 「いとおかし(をかし)」の意味・類語・例文!使われた時代はいつ頃?

枕草子(原文)

いとあはれ いとをかし

解説 おうむ・ほととぎす・以下多くの鳥があげられるが、中でも、うぐいすとほととぎすに焦点を置いて感想を述べている。 その感想は当時の一般的美意識の範囲を越えず、必ずしも作者の個性のおもしろさが出ているとはいえないが、最後に、鳥から人事に一転して、「ちごどものみぞさしもなき」と結んだのなどは、随筆の妙というべきであろう。 また、おうむ・やま鳥・鶴・さぎなどの短評は、いずれもとらえ所が奇抜でおもしろい。 鳥は、ことどころのものなれど、あうむいとあはれなり。 人のいふらむことをまねぶらむよ。 ほととぎす。 くひな。 ひたき。 山鳥、友を恋ひて、鏡を見すれば慰むらむ、心若う、いとあはれなり。 谷へだてたるほどなど、心ぐるし。 鶴はいとこちたきさまなれど、泣く声雲居まで聞ゆる、いとめでたし。 頭赤き雀。 いかるがの雄鳥。 たくみ鳥。 さぎはいとみめも見苦し。 まなこゐなども、うたてよろづになつかしからねど、「ゆるぎの森にひとりは寝じ。 」と争ふらむ、をかし。 水鳥、鴛鴦(をし)いとあはれなり。 かたみにゐかはりて、羽の上の霜払ふらむほどなど。 千鳥いとをかし。 読解の要点 助動詞「らむ」が、五つもあることに注意。 推量・婉曲・伝聞など、いろいろの意味を添えるが、前後をよく読んで決定せよ。 「あうむ」は中央アジアの鳥であった。 山鳥が鏡を見て心慰むというのは、中国の伝説による。 「谷へだて」も、雌雄別々の峰に寝る習性があるといわれていたのである。 「ゆるぎの森」は「高島やゆるぎの森のさぎすらも、ひとりは寝じと争ふものを」の古歌による。 口訳 鳥の中では、外国のものではあるが、おうむがたいそうしみじみとした感じがする。 人が話すことをまねするということだよ。 ほととぎす。 くいな。 ひたき。 山鳥、これは相手を恋しがって《鳴くが》、鏡を見せると《映った自分の姿を相手だと思って》心が慰むそうだが、純情で、まことにしみじみと心がうたれる。 《雌と雄が》谷を隔てて《鳴いて》いる時などは、かわいそうだ。 鶴はひどくぎょうぎょうしい姿をしているけれど、その鳴く声が天まで聞こえるのは、まことにすばらしい。 頭の赤いすずめ。 いかるがの雄鳥。 たくみ鳥。 《みなおもしろい。 》 さぎは、見た目もひどく見苦しい。 目つきなんかもいやで、いったい心ひかれるところはないが、《歌にもあるとおり》「ゆるぎの森にひとり寝じ(ゆるぎの森でひとり寝はしまい)。 」と妻争いをするとかいうのがおもしろい。 水鳥では、おしどりがたいそう感じが深い。 雌雄が互いに位置を代わって、《相手の》羽の上の霜を払ってやるそうだが、そういうときの様子などは《心がうたれる》。 千鳥もまことにおもしろい。

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「あはれ」と「をかし」 ~本当に英語は必要か?~ Part1|ピエロ|note

いとあはれ いとをかし

「高2の3学期、もうすぐ受験生か…」と思っている頃ではないでしょうか。 そんな時期におススメしたい武器が、そう、手帳なんです。 特に、1日当たりのスペースが大きいものを買うと、使い勝手が良いのでおススメ。 ・実際に高2の時に使っていた手帳です 学校の小テストの予定や友達との遊びの約束など、すべての予定を、その手帳で一括管理しましょう。 そうすれば、その手帳を見ればすべての予定が一目でパッと分かるようになります。 ただし、すべて同じ色で書くと見にくくなるので、部活の予定や学校の予定などで、色は変えましょう。 これによってどんなに忙しい毎日を送っていても、目標を意識して過ごす日々はより質の高いものとなり、周りとの差を生みます。 タイムスケジュールの例 毎日、自分が何時から何時まで何をしていたかを記録し、自分の行動を客観的に見つめなおしてみましょう。 そうすれば、今までの自分がどれほど無駄な時間を過ごしていたかが分かり、それを修正することができます。 これも色を使い分けてみると、自分がどんなことにどれだけ時間を費やしているかが分かりやすくなりますよ。 振り返りの例 明日を今日よりもよくするため、来週をよりよい週にするため、振り返りを行い、次に向けて自分がどうすればよいかを考えてみましょう。 これを簡単にでもするだけで、来週は頑張るぞという気持ちになります。 どうでしたか? このように、どれも難しいことではないので、ぜひ一度試してみてください! これを継続すると、毎日が無駄のない洗練された日となり、部活などでどれだけ忙しくても、好成績を収めることができます! <この記事を書いた人> 国際教養大国際教養学部 先輩チューター やっすー これからフィリピンとベトナムに行ってきます。

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枕草子『虫は』わかりやすい現代語訳と文法解説 / 古文 by 走るメロス

いとあはれ いとをかし

高校入試の古文で最もよく意味を問われるのが「をかし(おかし)」と「あはれ」です。 どちらも心が強く動いた時、感動した時に発する言葉ですが、意味や使い方に違いがあります。 まず「をかし」について述べます。 「をかし」は「面白い」とか「趣がある」と訳しますが、この面白いは、おかしくて笑ったときの面白いとは意味が違います。 知的な楽しさでの面白いです。 頭脳が「なるほど!ほう、これは面白い!」と判断し、心がわくわくした時に使うのが「をかし」です。 たとえば、一休さんのとんち話で「この橋、渡るべからず(この橋を渡ってはいけない)」という立札が橋のたもとに立ててあったとき、一休さんが橋の中央を堂々と渡り、それをとがめられて「端を渡ってはいけないとあったので、橋の真ん中を渡りました」と答えたときの「なるほどなあ!」と感心する面白さです。 また、をかしの代表的な文学として清少納言の「枕草子」があります。 枕草子には「いとをかし」のフレーズが随所に出てきます。 有名な「春はあけぼの」の段 夏は夜。 月の頃はさらなり。 闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。 また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。 雨など降るもをかし。 秋は夕暮れ。 夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。 まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。 日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。 この文章にも、「をかし」が何度も出てきます。 これを現代語に訳すときは「面白い」という意味よりも、「情趣がある」とか、「趣がある」と訳すのがしっくりいきます。 清少納言は、「蛍」「夏の夕立ち」「秋の雁」を、季節を象徴する風物詩的なものとして受け止めています。 季節を象徴するそれらのもと、季節に彩られた自然や風景全体とのつながりに知的な楽しさを見出し、「をかし」と表現しているのです。 次に「あはれ」について述べます。 「あはれ」は「しみじみとした趣がある」と現代語に訳すのが一般的です。 現代語では「あわれ」といえば、「かわいそう」の意味になります。 古文の「あはれ」も「かわいそう」の意味もありますが、「しみじみとした趣がある」という意味になることのほうが多いです。 「をかし」も「趣がある」と現代語に訳すのですが、「をかし」と「あはれ」で「趣がある」という心の状態は異なります。 「をかし」の「趣」は「なるほどな!」という頭脳を働かせての楽しさですが、「あはれ」の「しみじみとした趣」というのは、「心が揺さぶられ、感情が動くさま」のことです。 「心情に働きかける趣」が「あはれ」なのです。 「あはれ」について、さらに詳しく説明しましょう。 私たちは、何か予期せぬものを見たり聞いたり、あるいは経験した時、あまりの思いがけなさに感情が強く動きます。 そのとき思わず、口について出る言葉が、「あはれ」なのです。 あまりの思いがけなさに感情が強く動いたとき、その心の動きを表すのが「あはれ」であるため、「あはれ」は、実にたくさんの意味を持つことになります。 たとえばどこかに旅行に出かけたとき、思いがけず満開の桜の花が咲き誇る公園を見つけたとしましょう。 こんな時に、口をついて出ることばが「あはれ」なのです。 また、幼い子が、辛い顔をして泣いているのを見かけたとします。 私たちは、心配でいたたまれなくなり、なんとかしてあげたいという気持ちになります。 この時の感情も「あはれ」なのです。 美しい女性に偶然出会い、すぐさま恋に落ちたとします。 このときの感情も「あはれ」です。 ある人の不幸な身の上話を聞き、不憫に思い、もらい泣きをしたとします。 このときの感情もまた「あはれ」です。 このように「あはれ」は、同情であれ、美しさであれ、見事さであれ、何らかの感情が思いがけず強く動いたときに使う言葉です。 そのため、「あはれ」は、さまざまな現代語に訳すことができます。 あはれは、文脈に応じて、「感動する、かわいそうに思う、悲しく思う、素晴らしいと思う、恋をする、美しいと思う」などと訳すことができるのです。 先ほど引用した清少納言の「春はあけぼの」の段を読めば、「をかし」と「あはれ」の違いが理解できると思います。 「烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。 」は、夕暮れ時、数羽のカラスが寝どころに急いで帰っていく姿に、思いがけず心が深く動くような感動をしたということです。 清少納言は蛍や夏の雨には頭脳を働かせての情趣を感じ、夕暮れの烏には心に響くようなようなしみじみとした趣を感じたのです。 また、「あはれ」の文学で代表的なものは紫式部の「源氏物語」です。 源氏物語は一言でいうと恋愛小説です。 恋愛というのは頭脳でするものではなく、心でするものです。 心が強く動くのが恋愛です。 ですから「あはれ」という語が多いのも納得でしょう。 あはれの文学とは、感動の文学というところでしょう。 最後にまとめると、「をかし」は頭脳の働きとともに湧き起こった感動や趣で、「あはれ」は、自分でも思いがけず、感情がひとりでに動いたときの、心に湧き立った感動です。

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