に かん はっしょう いち だい ご え ふ。 神呪看経(じんじゅかんぎょう)

八大地獄

に かん はっしょう いち だい ご え ふ

はっかんの じ. 発刊の 辞. しゅうそ だいしょうにん しょほうじっそうしょうに のたまわく. 宗祖 大聖人 諸法実相抄に のたまわく. 「ぎょうがくの にどうを はげみ そうろうべし. 「行学の 二道を はげみ 候べし. ぎょうがく たえなば ぶっぽうは あるべからず. 行学 たへなば 仏法は あるべからず. われも いたし ひとをも きょうけ そうらえ. 我も いたし 人をも 教化 候へ. ぎょうがくは しんじん より おこるべく そうろう. 行学は 信心 より をこるべく 候. ちから あらば いちもんいっく なりとも かたらせ たもうべし」 と。 力 あらば 一文一句 なりとも かたらせ 給うべし」 と。 そうかがっかいは しょだいかいちょう まきぐち つねさぶろう せんせい. 創価学会は 初代会長 牧口 常三郎 先生. これを そうせつして いらい この きんげんを じゅんぽうして. 之を 創設して 以来 此の 金言を 遵奉して. じゅんしん ごうじょうな しんじんに もとずき ぎょうがくの にどうを はげむと ともに. 純真 強盛な 信心に 基き 行学の 二道を 励むと 共に. にょせつの しゃくぶくぎょうに まいしんして きたが. 如説の 折伏行に 邁進して 来たが. けんごうの しゅぎょうを おもわせるが ごとき その げんかくなる たんれんは. 剣豪の 修行を 思わせるが 如き その 厳格なる 鍛錬は. がっかいの でんとう めいよある とくちょうと なっている.。 学会の 伝統 名誉ある 特徴と なっている。 したがって だいしょうにんの ごしょを うやまい これに したしむこと. 従つて 大聖人の 御書を 敬い 之に 親しむこと. てんじつを はいするが ごとく. 天日を 拝するが 如く. また かいいん いちどう. 又 会員 一同. じょうげ しんきゅうの さべつ なく. 上下 新旧の 差別 なく. これが けんきゅうに ただいなる じかんを あてて いるのである. 之が 研究に 多大なる 時間を 当てて いるのである. しかるに だいしょうにん ゆいいつの せいとう であり だいけんい である. 然るに 大聖人 唯一の 正統 であり 大権威 である. にちれんしょうしゅうの はっかんに なる ごしょぜんしゅうが かいむに ちかい げんじょう であり. 日蓮正宗の 発刊に なる 御書全集が 皆無に 近い 現状 であり. やむをえず こうかんるふ されている ごしょ によっていたが. やむを得ず 巷間流布 されている 御書 に 拠つていたが. そうでん なき りゅうりゅう がくしゃなどの へんさんした しょは. 相伝 なき 流流 学者等の 編纂した 書は. かんじんの ほんぞんしょうを はじめ. 観心 本尊抄を 始め. そのた しゅじゅの じゅうようなる ごしょうに おいて. その他 種種の 重要なる 御抄に 於いて. だいしょうにんの ごしんいに そむく よみかたを なし. 大聖人の 御真意に 叛く 読み方を なし. あるいは あやまりを そのまま つたえ. 或いは 誤を その儘 伝え. または ぎしょを しんしょと なし しんしょを ぎしょと わいきょく するなど. 又は 偽書を 真書と なし 真書を 偽書と 歪曲 する等. どくしゃを まよわすこと はなはだしく. 読者を 迷わすこと 甚しく. とうてい これを しんらいする ことが できない うえ. 到底 之を 信頼する 事が 出来ない 上. もっとも じゅうようなる けつみゃくしょう ほんいんみょうしょう など. 最も 重要なる 血脈抄 本因妙抄 等. にちれんしょうしゅう もんがいふしゅつの おんしょうは. 日蓮正宗 門外不出の 御抄は. すでに じょうしを みた いかなる ごしょぜんしゅう にも けいさい されず. 己に 上梓を 見た 如何なる 御書全集 にも 掲載 されず. しゅうその ごしんいを はいせんと ひたすら ねんがん するものを して. 宗祖の 御真意を 拝せんと ひたすら 念願 する者を して. ひさしく いかんの ねんを いだかしめて いたのである。 久しく 遺憾の 念を 抱かしめて いたのである。 しかるに しゅうそ にちれんだいしょうにん けんちょう 5ねん 4がつ 28にち. しかるに 宗祖 日蓮大聖人 建長 五年 四月 二十八日. さんだいひほうの なんみょうほうれんげきょうを おとなえ はじめられてから. 三大秘法の 南無妙法蓮華経を 御唱え 始められてから. 700ねんを むかえるに あたり. 七百年を 迎えるに 当たり. しんぴょうすべき ごしょの はっかんを ようぼうする こえが がっかいないに おこり. 信憑すべき 御書の 発刊を 要望する 声が 学会内に 起こり. よも また せいかくなる ごしょぜんしゅうの しゅつげんは. 余も 亦 正確なる 御書全集の 出現は. ごほうこうの いちぶん なりと しんじ. 御奉公の 一分 なりと 信じ. ぜひ こうざい および せじんの ひはんなどに しゅんじゅん することなく. 是非 功罪 及び 世人の 批判等に 逡巡 することなく. ただ ぶついを たより だいごほんぞんに いのり たてまつり. 只 仏意を 頼り 大御本尊に 祈り 奉り. ついに けいしゅくきねん じぎょうとして. 遂に 慶祝記念 事業として. これを はっかん せんと ほつがん したのである。 之を 発刊 せんと 発願 したのである。 これに こたえられて えいねん こぶんしょ けんきゅうに ぼっとう せられて. これに 応えられて 永年 古文書 研究に 没頭 せられて. しがくに ぞうけい ふかき にちれんしょうしゅう 59せいの ほっす たりし. 斯学に 造詣 深き 日蓮正宗 五十九世の 法主 たりし. ほり にちこう しょうにんげいかが 60ゆうよねんの うんちくを かたむけて. 堀 日亨 上人猊下が 六十有余年の 薀蓄を 傾けて. これが へんさんの だいじぎょうに たたれたのは. 之が 編纂の 大事業に 立たれたのは. だいしょうにん もんかにとって このうえなき しあわせな ことである。 大聖人 門下にとって 此の上なき 幸せな 事である。 ほり にちこう しょうにんげいかは 86さいの ごこうれいにて. 堀 日亨 上人猊下は 八十六歳の 御高齢にて. にちや ふだんの ごくしんにも かかわらず. 日夜 不断の 御苦心にも 拘らず. しんしんともに なんらの ましょう なく すう10ねんに わたる. 心身共に 何等の 魔障 無く 数十年に 亘る. ごけんきゅうを けっしゅう せられて. 御研究を 結集 せられて. ここに ほんしょの かんせいを みたのである. ここに 本書の 完成を 見たのである. その ないようたるや ここんを つうじて. 其の 内容たるや 古今を 通じて. もっとも ほこりうべき もので あると ともに. 最も 誇り得べき もので あると 共に. しょしんの ものも ぶついを えとく するに ようい ならしむるよう. 初心の 者も 仏意を 会得 するに 容易 ならしむるよう. じくの うえにも さいしんの ちゅういが はらわれている。 字句の 上にも 細心の 注意が 払われている。 また がっかいいんどうしは こころよく しゅっぱんひを きょしゅつして. 又 学会員同志は 快く 出版費を 醵出して. よに この だいじぎょうの かんせいを うながし. 余に 此の 大事業の 完遂を 促し. きょうがくぶいんは また. 教学部員は また. これが こうせいに ちゅうやを わかたず さいぜんの どりょくを おしまなかったのである。 之が 校正に 昼夜を 分たず 最善の 努力を 惜しまなかつたのである。 しかるに よの ふびんは いくたの かごを おかして. 然るに 余の 不敏は 幾多の 過誤を おかして. ほり にちこう しょうにんげいかが しょうがいを つうじての. 堀 日亨 上人猊下が 生涯を 通じての. だいけんきゅうに きずを つくること なきやと ひたすら これを おそれ. 大研究に 疵 つくること なきやと ひたすら 之を 虞れ. こんごの ほせいに さいぜんの どりょくを つくさん ことを ちかうもので あると ともに. 今後の 補正に 最善の 努力を 尽くさん ことを 誓う者で あると 共に. この きちょうなる だいきょうてんが ぜんとうようへ ぜんせかいへと. この 貴重なる 大経典が 全東洋へ 全世界へと. るふして いく ことを ひたすら ねんがんして やまぬ ものである。 流布して 行く 事を ひたすら 念願して 止まぬ ものである。 ねがわくは よの しきしゃ しょけい よの びいを りょうと せられて. 願わくは 世の 識者 諸兄 余の 微意を 諒と せられて. ごひせい あられん ことを。 御批正 あられん 事を。 しょうわ 27ねん 4がつ 28にち. 昭和 二十七年 四月 二十八日. そうかがっかい かいちょう とだじょうせい. 創価学会 会長 戸田城聖.

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煩悩の消滅方法 十二縁起(じゅうにえんぎ)の逆観(ぎゃっかん)「苦の解決」わかりやすい図解|えん坊&ぼーさん マンガで楽しい原始仏典・ブッダの教え・仏教

に かん はっしょう いち だい ご え ふ

はっかんの じ. 発刊の 辞. しゅうそ だいしょうにん しょほうじっそうしょうに のたまわく. 宗祖 大聖人 諸法実相抄に のたまわく. 「ぎょうがくの にどうを はげみ そうろうべし. 「行学の 二道を はげみ 候べし. ぎょうがく たえなば ぶっぽうは あるべからず. 行学 たへなば 仏法は あるべからず. われも いたし ひとをも きょうけ そうらえ. 我も いたし 人をも 教化 候へ. ぎょうがくは しんじん より おこるべく そうろう. 行学は 信心 より をこるべく 候. ちから あらば いちもんいっく なりとも かたらせ たもうべし」 と。 力 あらば 一文一句 なりとも かたらせ 給うべし」 と。 そうかがっかいは しょだいかいちょう まきぐち つねさぶろう せんせい. 創価学会は 初代会長 牧口 常三郎 先生. これを そうせつして いらい この きんげんを じゅんぽうして. 之を 創設して 以来 此の 金言を 遵奉して. じゅんしん ごうじょうな しんじんに もとずき ぎょうがくの にどうを はげむと ともに. 純真 強盛な 信心に 基き 行学の 二道を 励むと 共に. にょせつの しゃくぶくぎょうに まいしんして きたが. 如説の 折伏行に 邁進して 来たが. けんごうの しゅぎょうを おもわせるが ごとき その げんかくなる たんれんは. 剣豪の 修行を 思わせるが 如き その 厳格なる 鍛錬は. がっかいの でんとう めいよある とくちょうと なっている.。 学会の 伝統 名誉ある 特徴と なっている。 したがって だいしょうにんの ごしょを うやまい これに したしむこと. 従つて 大聖人の 御書を 敬い 之に 親しむこと. てんじつを はいするが ごとく. 天日を 拝するが 如く. また かいいん いちどう. 又 会員 一同. じょうげ しんきゅうの さべつ なく. 上下 新旧の 差別 なく. これが けんきゅうに ただいなる じかんを あてて いるのである. 之が 研究に 多大なる 時間を 当てて いるのである. しかるに だいしょうにん ゆいいつの せいとう であり だいけんい である. 然るに 大聖人 唯一の 正統 であり 大権威 である. にちれんしょうしゅうの はっかんに なる ごしょぜんしゅうが かいむに ちかい げんじょう であり. 日蓮正宗の 発刊に なる 御書全集が 皆無に 近い 現状 であり. やむをえず こうかんるふ されている ごしょ によっていたが. やむを得ず 巷間流布 されている 御書 に 拠つていたが. そうでん なき りゅうりゅう がくしゃなどの へんさんした しょは. 相伝 なき 流流 学者等の 編纂した 書は. かんじんの ほんぞんしょうを はじめ. 観心 本尊抄を 始め. そのた しゅじゅの じゅうようなる ごしょうに おいて. その他 種種の 重要なる 御抄に 於いて. だいしょうにんの ごしんいに そむく よみかたを なし. 大聖人の 御真意に 叛く 読み方を なし. あるいは あやまりを そのまま つたえ. 或いは 誤を その儘 伝え. または ぎしょを しんしょと なし しんしょを ぎしょと わいきょく するなど. 又は 偽書を 真書と なし 真書を 偽書と 歪曲 する等. どくしゃを まよわすこと はなはだしく. 読者を 迷わすこと 甚しく. とうてい これを しんらいする ことが できない うえ. 到底 之を 信頼する 事が 出来ない 上. もっとも じゅうようなる けつみゃくしょう ほんいんみょうしょう など. 最も 重要なる 血脈抄 本因妙抄 等. にちれんしょうしゅう もんがいふしゅつの おんしょうは. 日蓮正宗 門外不出の 御抄は. すでに じょうしを みた いかなる ごしょぜんしゅう にも けいさい されず. 己に 上梓を 見た 如何なる 御書全集 にも 掲載 されず. しゅうその ごしんいを はいせんと ひたすら ねんがん するものを して. 宗祖の 御真意を 拝せんと ひたすら 念願 する者を して. ひさしく いかんの ねんを いだかしめて いたのである。 久しく 遺憾の 念を 抱かしめて いたのである。 しかるに しゅうそ にちれんだいしょうにん けんちょう 5ねん 4がつ 28にち. しかるに 宗祖 日蓮大聖人 建長 五年 四月 二十八日. さんだいひほうの なんみょうほうれんげきょうを おとなえ はじめられてから. 三大秘法の 南無妙法蓮華経を 御唱え 始められてから. 700ねんを むかえるに あたり. 七百年を 迎えるに 当たり. しんぴょうすべき ごしょの はっかんを ようぼうする こえが がっかいないに おこり. 信憑すべき 御書の 発刊を 要望する 声が 学会内に 起こり. よも また せいかくなる ごしょぜんしゅうの しゅつげんは. 余も 亦 正確なる 御書全集の 出現は. ごほうこうの いちぶん なりと しんじ. 御奉公の 一分 なりと 信じ. ぜひ こうざい および せじんの ひはんなどに しゅんじゅん することなく. 是非 功罪 及び 世人の 批判等に 逡巡 することなく. ただ ぶついを たより だいごほんぞんに いのり たてまつり. 只 仏意を 頼り 大御本尊に 祈り 奉り. ついに けいしゅくきねん じぎょうとして. 遂に 慶祝記念 事業として. これを はっかん せんと ほつがん したのである。 之を 発刊 せんと 発願 したのである。 これに こたえられて えいねん こぶんしょ けんきゅうに ぼっとう せられて. これに 応えられて 永年 古文書 研究に 没頭 せられて. しがくに ぞうけい ふかき にちれんしょうしゅう 59せいの ほっす たりし. 斯学に 造詣 深き 日蓮正宗 五十九世の 法主 たりし. ほり にちこう しょうにんげいかが 60ゆうよねんの うんちくを かたむけて. 堀 日亨 上人猊下が 六十有余年の 薀蓄を 傾けて. これが へんさんの だいじぎょうに たたれたのは. 之が 編纂の 大事業に 立たれたのは. だいしょうにん もんかにとって このうえなき しあわせな ことである。 大聖人 門下にとって 此の上なき 幸せな 事である。 ほり にちこう しょうにんげいかは 86さいの ごこうれいにて. 堀 日亨 上人猊下は 八十六歳の 御高齢にて. にちや ふだんの ごくしんにも かかわらず. 日夜 不断の 御苦心にも 拘らず. しんしんともに なんらの ましょう なく すう10ねんに わたる. 心身共に 何等の 魔障 無く 数十年に 亘る. ごけんきゅうを けっしゅう せられて. 御研究を 結集 せられて. ここに ほんしょの かんせいを みたのである. ここに 本書の 完成を 見たのである. その ないようたるや ここんを つうじて. 其の 内容たるや 古今を 通じて. もっとも ほこりうべき もので あると ともに. 最も 誇り得べき もので あると 共に. しょしんの ものも ぶついを えとく するに ようい ならしむるよう. 初心の 者も 仏意を 会得 するに 容易 ならしむるよう. じくの うえにも さいしんの ちゅういが はらわれている。 字句の 上にも 細心の 注意が 払われている。 また がっかいいんどうしは こころよく しゅっぱんひを きょしゅつして. 又 学会員同志は 快く 出版費を 醵出して. よに この だいじぎょうの かんせいを うながし. 余に 此の 大事業の 完遂を 促し. きょうがくぶいんは また. 教学部員は また. これが こうせいに ちゅうやを わかたず さいぜんの どりょくを おしまなかったのである。 之が 校正に 昼夜を 分たず 最善の 努力を 惜しまなかつたのである。 しかるに よの ふびんは いくたの かごを おかして. 然るに 余の 不敏は 幾多の 過誤を おかして. ほり にちこう しょうにんげいかが しょうがいを つうじての. 堀 日亨 上人猊下が 生涯を 通じての. だいけんきゅうに きずを つくること なきやと ひたすら これを おそれ. 大研究に 疵 つくること なきやと ひたすら 之を 虞れ. こんごの ほせいに さいぜんの どりょくを つくさん ことを ちかうもので あると ともに. 今後の 補正に 最善の 努力を 尽くさん ことを 誓う者で あると 共に. この きちょうなる だいきょうてんが ぜんとうようへ ぜんせかいへと. この 貴重なる 大経典が 全東洋へ 全世界へと. るふして いく ことを ひたすら ねんがんして やまぬ ものである。 流布して 行く 事を ひたすら 念願して 止まぬ ものである。 ねがわくは よの しきしゃ しょけい よの びいを りょうと せられて. 願わくは 世の 識者 諸兄 余の 微意を 諒と せられて. ごひせい あられん ことを。 御批正 あられん 事を。 しょうわ 27ねん 4がつ 28にち. 昭和 二十七年 四月 二十八日. そうかがっかい かいちょう とだじょうせい. 創価学会 会長 戸田城聖.

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一大事因縁

に かん はっしょう いち だい ご え ふ

はっかんの じ しゅうそ だいしょうにん しょほうじっそうしょうに のたまわく 「ぎょうがくの にどうを はげみ そうろうべし ぎょうがく たえなば ぶっぽうは ある べからず われも いたし ひとをも きょうけ そうらえ ぎょうがくは しんじん より おこるべく そうろう ちから あらば いちもん いっく なりとも かたらせ たもうべし」 と。 そうかがっかいは しょだいかいちょう まきぐち つねさぶろう せんせい これを そうせつして いらい この きんげんを じゅんぽうして じゅんしん ごうじょうな しんじんに もとずき ぎょうがくの にどうを はげむと ともに にょせつの しゃくぶくぎょうに まいしんして きたが けんごうの しゅぎょうを おもわせるが ごとき その げんかくなる たんれんは がっかいの でんとう めいよ ある とくちょうと なっている したがって だいしょうにんの ごしょを うやまい これに したしむ こと てんじつを はいするが ごとく また かいいん いちどう じょうげ しんきゅうの さべつ なく これが けんきゅうに ただいなる じかんを あてて いるのである。 しかるに だいしょうにん ゆいいつの せいとう であり だいけんい である にちれんしょうしゅうの はっかんに なる ごしょぜんしゅうが かいむに ちかい げんじょうで あり やむをえず こうかんるふ されている ごしょに よって いたが そうでん なき りゅうりゅう がくしゃ などの へんさん した しょは かんじんの ほんぞんしょうを はじめ そのた しゅじゅの じゅうよう なる ごしょうに おいて だいしょうにんの ごしんいに そむく よみかたを なし あるいは あやまりを そのまま つたえ または ぎしょを しんしょと なし しんしょを ぎしょと わいきょく するなど どくしゃを まよわす こと はなはだしく とうてい これを しんらい することが できない うえ もっとも じゅうようなる けつみゃくしょう ほんいんみょうしょう など にちれんしょうしゅう もんがいふしゅつの おんしょうは すでに じょうしを みた いかなる ごしょぜんしゅうにも けいさい されず しゅうその ごしんいを はいせんと ひたすら ねんがん するものを して ひさしく いかんの ねんを いだかしめて いたのである。 しかるに しゅうそ にちれんだいしょうにん けんちょう 5ねん 4がつ 28にち さんだいひほうの なんみょうほうれんげきょうを おとなえ はじめられてから 700ねんを むかえるに あたり しんぴょうすべき ごしょの はっかんを ようぼう する こえが がっかいないに おこり よも また せいかくなる ごしょぜんしゅうの しゅつげんは ごほうこうの いちぶんなりと しんじ ぜひ こうざい および せじんの ひはん などに しゅんじゅん することなく ただ ぶついを たより だいごほんぞんに いのり たてまつり ついに けいしゅく きねんじぎょう として これを はっかんせんと ほつがん したのである。 これに こたえられて えいねん こぶんしょ けんきゅうに ぼっとう せられて しがくに ぞうけい ふかき にちれんしょうしゅう 59せいの ほっす たりし ほり にちこう しょうにんげいかが 60ゆうよねんの うんちくを かたむけて これが へんさんの だいじぎょうに たたれたのは だいしょうにん もんかに とって このうえなき しあわせな ことである。 ほり にちこう しょうにんげいかは 86さいの ごこうれいにて にちや ふだんの ごくしんにも かかわらず しんしん ともに なんらの ましょう なく すう10ねんに わたる ごけんきゅうを けっしゅう せられて ここに ほんしょの かんせいを みたのである その ないようたるや ここんを つうじて もっとも ほこりうべき ものであると ともに しょしんの ものも ぶついを えとく するに ようい ならしむるよう じ くの うえにも さいしんの ちゅういが はらわれている。 また がっかいいんどうしは こころよく しゅっぱんひを きょしゅつして よに この だいじぎょうの かんせいを うながし きょうがくぶいんは また これが こうせいに ちゅうやを わかたず さいぜんの どりょくを おしまなかったのである。 しかるに よの ふびんは いくたの かごを おかして ほり にちこう しょうにんげいかが しょうがいを つうじての だいけんきゅうに きずを つくる こと なきやと ひたすら これを おそれ こんごの ほせいに さいぜんの どりょくを つくさん ことを ちかうもので あるとともに この きちょうなる だいきょうてんが ぜんとうようへ ぜんせかいへと るふして いくことを ひたすら ねんがんして やまぬ ものである。 ねがわくは よの しきしゃ しょけい よの びいを りょうと せられて ごひせい あられん ことを。 しょうわ 27ねん 4がつ 28にち そうかがっかい かいちょう とだじょうせい.

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