菊池 ビエンナーレ。 菊池智 :: 東文研アーカイブデータベース

第8回菊池ビエンナーレ 現代陶芸の〈今〉

菊池 ビエンナーレ

個展終了後の搬出作業を薔薇貫マンがまた助けに来てくれました。 かなり疲れていたのでホントたすかりました。 その後実家で薔薇貫マンこと氏とささやかな宴会をして、 ぼくは酔っぱらって寝てしまったしだいです。 しか~し、次の日にはちゃんと起きて、 菊池寛実記念 智美術館に菊池ビエンナーレ展を見に行きました。 これ本間氏が入選した陶芸の展覧会です。 40点位の作品が広々とした空間を贅沢に使って展示されていました。 ハッキリ言ってめちゃくちゃレベル高いです。 本間氏の作品は我が家にもあって普通に使っているので、なんか不思議な感じ。 もちろん入選作は気合いの入った作品で、 他の入選作に引けを取っていないと思いました。 とはいえ、数々の大先生の作品に囲まれちゃって、 正直よく入ったなぁ ごめん・・・)と。 まぁそれだけ兄貴の作品はすごいってことなんですな。 今年は日本陶芸展にも入選、関西国際空港の富士火災アートスペースにも選抜。 かなりきてるなぁ~、大波が薔薇貫入をさらっていくのも時間の問題か。 ) そんな兄貴を梱包や搬出に使ってしまうぼくっていったい!? 恐れ多いっす、めったなことするもんじゃないっす。 近くにあると見えづらくなるものがあるっす、愛なんかと同じっす。 とまぁ、そんな兄貴のビックな個展が中野市で開催されます。 信州中野銅石版ミュージアムで6月末からです。 美術館はバラ公園の中にあり、ちょうど薔薇も見頃をむかえています。 公園の薔薇を見るためだけに全国から沢山の人が来るくらいで、 植物の薔薇もかなり見ごたえあります。 いや~、この展覧会に行かない手はないんじゃないかと思うしだいです。 うへ~、とっても耳よりな情報なんじゃないかと思うしだいです。 コメント 6• 薔薇貫マンさんて素敵な作品を作られるんですね。 さすが中川さんの一番弟子ですね。 一句 大波の燃ゆる薔薇貫 火が消えた ()• 本当に陶芸家・本間さんは若くして 素晴らしい作品を作られている作家さんだと思います。 個展を拝見するたびに、新しい技法に挑戦されていて、 観る側も新しい発見をさせてもらっています。 中野での個展では これまでの作品が一斉に展示されるとのことで、 とても楽しみにしています。 テイクジーさんは中野個展の宣伝部長さんですね!? アカリ ()• >薔薇貫兄貴 たしか本名は『燃ゆる薔薇』だからら、波はだめだね。 弟子に間違えられた時、 本間さんはぼくの作品にオイルを 塗り直してくれてたんだっけ。 まじで間違えてたね、あの方。 てか、ホントはぼくが弟子なんだけどね。 中川岳二 ()• >アカリさん そうそう、初めて本間氏にあった時、 等歴や受賞入選歴と本人の若さが 一致しなくてビックリしたっけ。 慢心せずに、新しいことに挑戦する姿、 見習わなくちゃいかんです。 この度、宣伝部長という大役を申し預かった、 中川岳二と申します! 精一杯がんばりますので、 どうぞよろしくお願いいたします。 中川岳二 ()• 宣伝部長殿 コマーシャルお願いします。 その前に「薔薇」の漢字を覚えてね。 桐箱に薔薇って書くの、ホント大変! 大波の薔薇 ()• >薔薇貫兄貴 えっ! あの桐箱の作品名って作家が書いてたの。 たしかにそんなことにマニーはかけれんけど。 薔薇はまずいね、そこだけ字がでかくなるね。 カタカナでバラでもいいんじゃない。 あっ、バラをくわえた兄貴のブロマイド入りのがいいかも・・・よ。 中川岳二 ().

次の

現代陶芸を代表する全国公募展「第7回菊池ビエンナーレ」大賞に和田 的《表裏》

菊池 ビエンナーレ

ビエンナーレ(biennale)は、2年に1回開かれるのことである。 「ビエンナーレ」の原意はで「2年に一度」「2年周期」である。 でバイエニアル(biennial)と呼ばれる展覧会もある。 語源となったは、世界中から美術作家を招待して開催される展覧会として100年以上の歴史を持つ。 も後以来の歴史がある。 以降は世界中にこうした国際美術展が増えている。 多くは普段見ることのできない世界の美術を一堂に集めての美術関係者や住民同士の国際交流が目的であるが、という目的も兼ねていることが多い。 美術()だけでなく、、、、など幅広い分野や分野の2年毎の大規模展も「ビエンナーレ」という名で開催されている。 日本など各国内でも様々な芸術分野の、様々な自治体や企業主催による2年毎の・招待展が「ビエンナーレ」という名で行われている。 現代美術を扱うビエンナーレは1990年代以降世界中で数が増えた一方、テーマや作家の顔ぶれが似たり寄ったりになり差別化ができていないという批判もある。 2004年の第3回・ビエンナーレを取り上げた雑誌『ArtNexus』の記事で、カルロス・ヒメネス(Carlos Jimenez)は、ドイツの編集者ゲルハルト・ハウプト(Gerhard Haupt)の言として、世界各地で開かれるビエンナーレの内容や出展者の均質化傾向を「ビエンナリゼーション」(biennialization)と述べて批判している。 シドニー・ビエンナーレ()• ベルリン・ビエンナーレ()• 台北ビエンナーレ()• イスタンブール・ビエンナーレ()• モスクワ・ビエンナーレ()• ウラジオストク・ビエンナーレ(ロシア)• リバプール・ビエンナーレ()• リヨン・ビエンナーレ()• パリ青年・ビエンナーレ(フランス)• ホンジュラス中央アメリカ・ビエンナーレ()• シンガポール・ビエンナーレ(シンガポール)• マニフェスタ・ヨーロッパ現代美術ビエンナーレ(EU)• アラード・ビエンナーレ()• ・アート・ビエンナーレ() アメリカ合衆国• ホイットニー・バイエニアル()• アメリカズ・ビエンナーレ() - 2004年、2006年までは・ビエンナーレ 韓国• 光州ビエンナーレ• 釜山ビエンナーレ 日本• 姫路城・現代美術ビエンナーレ• リキテックス・ビエンナーレ• 北九州国際ビエンナーレ• 西宮船坂ビエンナーレ• 富嶽ビエンナーレ• おおがきビエンナーレ 関連項目 [ ]• バイアニュアル()- 1年に2回• アニュアル - 1年に1回• - 3年に1回• クアドリエンナーレ - 4年に1回• チンクエンナーレ - 5年に1回。 脚注 [ ].

次の

第6回菊池ビエンナーレ展 現代陶芸の〈今〉 に行ってきました

菊池 ビエンナーレ

読み:きくちとも 公益財団法人菊池美術財団理事長であり現代陶芸のコレクターであった菊池智は8月20日、肺炎のため死去した。 享年93。 1923 大正12 年1月18日、東京築地明石町に生まれ、同地の外国人租借地で幼少期を過ごす。 聖心女子大学の前身である聖心女子高等専門学校に進み、国文科を卒業する。 陶芸作品との出会いは、第二次世界大戦中、実業家であった父・菊池寛実所有の炭鉱があった茨城県高萩市に疎開した折りであった。 寛実は、徴用で来ていた瀬戸の陶工のために登り窯をつくる。 智は陶器誕生の現場を見て「土はすべての始まるところであり、また、いつか帰っていくところである。 」と語り、土からつくり出される陶器に感銘を受け、1950 昭和25 年代後半より陶芸作品の収集を始める。 茶道を学び、古美術や古陶磁の収集から始めたが、次第に現代の作品へと移行していく。 74年よりホテル・ニューオータニのロビー階に内にギャラリー『現代陶芸寛土里 かんどり 』をオープンさせた。 東京藝術大学教授であったの個展で幕を開けたギャラリーは、その後東京藝術大学をはじめとする若い陶芸作家の発表の場となった。 79年、ニューヨークにある百貨店ブルーミング・デールスに寛土里が出店したことをきっかけに、83年2月10日から2ヶ月間、スミソニアン自然史博物館トーマス・M・エバンス・ギャラリーで、菊池智コレクションによる「Japanese Ceramics Today」展を開催する。 日本各地の作家を訪ね作品を購入するなど、若手作家を多数紹介し、出品作家100人、作品数およそ300点に及ぶ展覧会となり、好評を博した。 また、スミソニアン自然史博物館の展示デザイナーであった、リチャード・モリナロリと出会い、展示デザインが作品鑑賞に与える影響に着眼する。 美術館の前身となる菊池ゲストハウスで、85年鈴木藏個展「流旅転生」、1990 平成2 年楽吉左衞門個展「天問」、92年個展「陶火窯焔」を開催した際もモリナロリに展示デザインを依頼した。 その後、「Japanese Ceramics Today」展はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館にも巡回し、日本の現代陶芸を欧米に広く紹介した。 2003年には、現代陶芸の紹介を目的として、東京都虎ノ門に「菊池寛実記念 智美術館」を開館。 公益財団法人菊池美術財団の理事長を務めた。 敷地内には、西久保ビル 2003年竣工 と大正時代に建てられた西洋館 国の登録文化財 、父・寛実のための持仏堂と和風の蔵がある。 隔年で開催する陶芸の公募展「菊池ビエンナーレ」を主幹事業と位置づけ、陶芸作家の育成にも力をいれる。 95年からは京葉ガス株式会社代表取締役会長も務めた。 出 典:『日本美術年鑑』平成29年版 551頁 登録日:2019年10月17日 更新日:2019年10月17日.

次の