せく し ー ぞ ー ん 進化論。 「ひろゆき氏の“1%の努力”から解く、適者生存と進化論的誤解 ーそれ、ちがくね?ー」もっと幸せにはたらきてぇなぁ仕事論|Nazy@テキストテラー|note

Sexy Zoneがダンディな大人を目指す!『Sexy Zoneの進化論』4・10スタート

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進化論曰く、生き残るのは最も強者ではなく、適者である!!! とか、よく説かれる話!!!! 進化論ってめっちゃなんかかっこいいですよね。 なぜか!! 別に進化論をたとえ、として使うのはなんか語呂がよかったりかっこよかったりするので、いいとは思うんですが、 エビデンスとしては意味ゼロ。 なぜならば、進化論は種としての生き残り、生存を解く論なので、個の生存の最適解を解いてはいないからね!!!!!!!!! というか進化論的に考えると、個は適応なんてしない!!!!!! 自然淘汰と呼ばれるものも、遺伝子とかうんぬんの話なので、個は全然関係ない!!!!!! 別にこれは個人の努力や能力や成長を否定するわけではない。 それに進化論はエビデンスを与えもしないし、肯定もしないという話。 ただ、それだけ環境の力が強いというのは、「1%の努力」でも語られる通り、生きる上で知っておいた方がいいような気がする。 環境が大事。 どういう環境に身を置くのか、どうポジショニングをとって生きるのか。 そこでどう生き抜く、、というと息苦しいので、生活するのか。 99%が環境に左右されるとして、 自分のために1%をどう努力するのか、そんなことを考えてみるといいのかも。 自分でどうにかできるのはたかが1%。 それは悲しいことなのだろうか。 いや、そのくらいで十分なんじゃないでしょうか。 そうじゃなきゃ、100%自由意志で、自己責任なんて、息苦しくてたまらない。 とりあえず、進化論を例えにしての説教にご高説。 てめぇはダメだ。 もっと幸せにはたらきてぇーーー・・・・・ではまた!!!!.

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「ひろゆき氏の“1%の努力”から解く、適者生存と進化論的誤解 ーそれ、ちがくね?ー」もっと幸せにはたらきてぇなぁ仕事論|Nazy@テキストテラー|note

せく し ー ぞ ー ん 進化論

はじめに アメリカ合衆国、特に南部では公立学校で進化論を教えるべきかどうかについて対立があることをご存知でしょうか。 ダーウィンの進化論に反対して、聖書にあるように全生物は創造主が個別に創った、、地球の年齢は一万年以下という主張を行う創造科学(科学的創造論)というものがあります。 一般的な日本人の感覚から見ると異様な感じがします。 しかし、日本人でも進化論を正しく理解している人はどのくらいいるのでしょうか。 掲示板で議論を行った私の経験からは、日本人の間でも進化論についての誤解は広くいきわたっているようです。 インターネット上で検索してみると創造論を主張する日本語ページはいくつか見られるのに対し、進化論の情報を得ることができるページ、特に進化論と創造論の両方を取り上げたページは少ないようです。 それなら作ろうというのがこのページの趣旨です。 科学を名乗っていますが、創造「科学」は科学ではありません。 疑似科学です。 創造論を信じることそれ自体はさほど害はありませんが、科学と疑似科学を区別できないことは非常に危険なことです。 創造論と進化論のどちらが正しいか迷っている方、進化論をより深く知りたいと思っている方の役に立てれば幸いです。 進化論と創造論 番外編• ブログはじめていました。 もはじめてみました。 検索用語を入力 検索フォームを送信 Web members. jcom. home. 地球上の生物の由来についてはがあります。 創造論とは「地球上の生物はそれぞれ個別に、創造主によって創られた」という主張です。 このページでは進化を「少数の単純な生物が長時間かけてさまざまな生物に変化すること」と定義します。 どのようなメカニズムにせよ、進化が起こったと考えている人は進化論者です。 いいえ、。 「学会で否定された」というのは創造論者の誤解に基づく神話にすぎません。 生存に有利な変異が何世代にもわたって選択されることにより進化が起こるという説です。 進化のメカニズムについての説ですね。 ダーウィン説、ダーウィニズムと呼ばれることもあります。 自然選択説を支持する人をダーウィニストと言います。 広く受け入れられている説ですが、自然選択説について批判的な科学者もいます。 自然選択説に対しての批判を、あたかも進化そのものに反対している科学者がいるかように、創造論者が不適切に引用することはしばしばあります。 分子レベルの進化に関しては偶然に左右される進化が起こっています。 適応的な進化に関しては、ダーウィニストは変異を供給する突然変異が偶然であるといっているだけで、自然選択は偶然であるとは言っていません。 「進化論者は偶然に生物が進化したと主張している。 生物は精巧に作られており、偶然にできたなどとは考えられない。 」という主張がしばしばなされますが、創造論者の手段「論敵の主張をねじまげたうえで否定する」の典型的な例です。 熱力学第二法則は、エネルギーも物質も出入りしない孤立系でのみ成立します。 地球はエネルギーの出入りがありますので孤立系ではありません。 よって熱力学第二法則は地球には適用できません。 生物進化と熱力学第二法則は矛盾しません。 熱力学第二法則を正しく理解しているのであれば、という主張は誤りであることがわかるでしょう。 いいえ。 進化の証拠が化石だけに過ぎないと誤解している人もいますが、まったく進化のことを理解していないと言わざるをえません。 化石は進化を支持する強力な証拠ですが、もし化石がまったく残っていなかったとしても人類は進化の事実に気付いたでしょう。 種分化がおこりつつあるのを観察できますし、種の地理的分布は進化を仮定しないと説明困難です。 また、生物の構造には、進化というが見られます。 あるいは、種間を比較することによって特定のグループが共通の祖先を持つことがわかります。 最近の分子生物学の発展によって、DNAの配列を調べて種の類縁関係を推定することもできます。 いいえ、科学です。 実験で再現できないものを科学ではないとすれば、進化論のみならず天文学や地質学などの歴史を扱う分野はみな科学ではなくなってしまいます。 実験室で地球が太陽の周りを回っていることを示す実験はありませんが、地動説は確からしい科学的仮説とみなされています。 なぜでしょうか。 それは地動説はニュートン力学と結びつき、検証可能な予測ができるからです。 例えば、日食のおこる時間を正確に予測できれば地動説は確からしいと認めることができるでしょう。 地動説と同様に進化論は検証可能な予測をします。 地球の年齢について、ある地層に発見される化石について、ある生物と生物のDNAがどのくらい似ているかについて、検証可能な予測ができますし、実際に検証されてきたので進化が起こったという仮説は科学的に正しいとされているのです。 例えば先カンブリア紀の地層から大量の石器が発見されれば進化論に対する強力な反証になります。 進化論が科学ではないと思いたいために「進化論は反証不可能である」と主張する創造論者もいますが、原理的に反証不可能であることと、反証の証拠が見つからないことを混同すべきではありません。 進化論は原理的に反証可能ですが、現在のところ反証されていません。 [2000. 11] A. いるともいないとも言えません。 進化が正しいからといって、必ずしも神を否定する事はできません。 進化論と信仰を両立させている科学者はたくさんいます。 このサイトで創造論と低級なオカルトがごっちゃになっているように見えるとしたら、まさに(創造論そのものではなく)創造科学が低級オカルト的な要素を持っているからです。 例えば、間違った知識で定説を否定すること、無知から強引なこじつけを行うことなどです。 このサイトでは創造論が間違いであると言っているのではなく、「創造論は科学的にも正しい」「進化論は科学的にも正しくない」という主張が間違っていると言っているのです。 ニセの証拠を挙げてまで創造論をむりやり科学の一分野にしようする輩は、あたかも創造論が低級なオカルトの一つであるかのような印象を与えるので、真摯な創造論者にとっても有害であると思うのですが。 [2000. 11] A. 科学教育の目的は、科学的な知識と方法を教えることです。 進化論が科学でないのであれば、科学教育から取り除くべきでしょう。 しかし、進化論が科学でないという主張は、このページで指摘したように誤りです。 進化論教育を問題にする人は、単に自分の信仰するの宗教のドグマにそぐわないからという理由で進化論教育に反対しているだけです。 もし「大地は平らである」という教義の宗教があったとしたら、その信者の子どもの信仰の自由を守るために、科学の時間に地球は球型であると教えるのを止めるべきでしょうか?ある宗教の教義に沿うかどうかで、教えるべき科学的仮説を選ぶべきではありません。 科学の時間には、地球は球形であること、生物が進化してきたこと、そしてなぜ科学者がそう考えるようになったのか、その過程や方法論を教えるべきです。 進化論は十分に確立された科学上の学説であるのに対し、創造論は宗教であるからです。 日本に限らず、創造科学の本場のアメリカ合衆国ですら、公立学校では進化論のみ教え、創造論は教えていません。 アメリカ合衆国の一部の州で成立していた創造科学と進化論とを同じ時間だけ教えることを義務付けた法律は、違憲と判断されました。 [2001. 17] 創造論サイトの誤りの指摘• 進化に関して一番有名な本• 自然選択は偶然ではない• 進化論は信仰か科学か• と学会が創造論を撃つ• 歴史を科学で扱うにはどうすればよいのか?ダーウィンによる回答• 科学の喜びとは?• 疑似科学批判の古典的名著• 歴史に関する奇説批判• 日本を代表する進化学者の書• 進化による人間理解• 進化を否定しないクリスチャンの見解• 環境ホルモン問題の終焉 こみいった話題はこちらにどうぞ ツリー式がお好みのかたはこちらへ ご意見、ご感想をお願いします。 過去の掲示板• もっと詳しく知りたい人のために• 番外編• 小泉首相によるダーウィンの引用は正しいか• 宗教否定ではないことの再確認• 医学的・遺伝学的見地からの血液型性格判断批判• 臨床環境医学に対する疑問• このサイトは下層のコンテンツを含め、リンク自由です。

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#セクエボ X 地上波

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進化論なんてもう良く知ってるよ、と思っていませんか? 実は、現代科学において進化の謎については未だに決着を見ていないのです。 まさかでしょうか!? 進化の話はまるで終わったかのようですが、まだまだ分からないことは残っています。 「大進化」と呼ばれる種の分岐について決定的なことは分かっていない状態です。 また「小進化」と言われる適応的な変化ですら不確定といえます。 それは生物学の発展に従って前提が変わってきた事に由来します。 この記事ではダーウィンの進化論から始めて現代の進化論について考えたいと思います。 [追記] 2019. 4 文化の秋ですね、無料ゾーンを広げました。 お楽しみ下さい。 ダーウィンの進化論 そもそもですが「進化」という概念自体はダーウィンよりも前から存在しています。 古代ギリシャBC610年頃、アナクシマンドロスは「全ての生命体は海から生まれた」と述べています。 これは既に進化という視点を保持していたと言えるでしょう。 ただ思弁的でありました。 また、近世において1707年、カール・フォン・リンネが「自然の体系」の中で、植物は共通の祖先から発生したとの考えを述べています。 少なくとも、進化という概念はダーウィンのオリジナルという事ではありません。 ダーウィンの功績は進化を証拠をもって示したという点にあります。 先に進む前に、ちょっとダーウィン時代(19世紀)の生物学について寄り道をしましょう。 そもそも時代としてはまだ自然発生説をなんとなく信じている頃です。 自然発生説自体は古代ギリシャのアリストテレス(BC350頃)に由来します。 生物は自然発生すると述べた事で、この考えがずっと踏襲されるのですが、自然発生とキリスト教の教義は矛盾します。 当時のスコラ学者はこの矛盾を解釈で乗り越えていました。 この自然発生説を覆すにはパスツールの登場(1860年)を待つことになります。 自然発生説が否定された事は教会にとってむしろ有利になりました。 なぜなら生物は神が造ったからと言えるからです。 そして、ここに「前成説」と「後成説」が関わってきます。 卵から雛が換える事は分かっていました。 その解釈として、卵には小さな鶏が入っているという主張と、卵は何にでもなれるが後からの影響で鶏になるのだという2つの主張でした。 前成説論者のボネはホムンクルスを考えます。 小さな人という意味ですが、卵の中には小さな人が入っていて、それが大きくなるのだと主張しました。 現代人はせせら笑うかもしれませんが、当時の人にとって論理的整合的に説明できる主張でした。 しかし、それでは生物が徐々に変わること、つまり進化を説明できません。 ボネはそれをも神が予め創作したのだと主張するに至ります。 結局この後の生物学の発展により、ホムンクルスの存在は否定され後成説がメインになります。 よってダーウィンの時代には「自然発生説を否定し後成説」という思考が妥当な考えとしてあったわけです。 後成説であるからこそ、生物は多様に変化するの考えることが出来ました。 これが進化論の一端となるわけです。 ちなみに、我々はDNAという遺伝物質を知っています。 DNAは、生物の設計図です。 そしてその設計図が世代間を伝わっていきます。 その意味ではほとんど「前成説」です。 ボネの主張はあながち外れていませんでした。 もちろん、設計図があるだけでは生物として機能しない事は明らかですから「後成説」もまた正しいと言えます。 つまり現代はどちらの主張も内包されています。 同時代の進化論についても触れましょう。 18世紀のパリにはキュヴィエという比較解剖学者がいました。 多くの生物を解剖し、機能や形態を知っていたキュビエは極めて具体的で科学的でした。 彼は研究の結果、動物は4つの大きなグループ(脊椎動物、軟体動物、関節動物、放射動物)に分類できると主張します。 この4つのグループは全く互いに関係がないと考えていたキュヴィエにとって、共通祖先という発想はありませんでした。 当時パリの地層から化石が出てきていましたが、現代の生物とは似ても似つかないもの。 キュヴィエは古い生物は絶滅し、神がとある段階で新しく創造したのだと「天変地異説」を唱えました。 一方で、同僚であったジャン=バティスト・ラマルクという植物学者は違うことを考えます。 当時において自然発生説は否定されていましたが、微生物についてはまだ議論がありました。 ラマルクは微生物は自然発生し、その生物が徐々に高等な生物に変わっていくと主張します(「進化時空間斉一説」)。 そこかしこで微生物が発生し、それらがヒトに向かって日々進化し続ける。 そういう発想です。 ラマルクは著作『動物哲学』のなかで、生物が徐々に変わっていく事を神の力とは無関係に述べました。 この意味で最初の進化論者と言えそうです。 しかし、自然発生説が残っていますし、微生物が徐々に変化して最終的にはヒトになるという直線的に進化するという主張は複雑な生物界を説明するのに無理がありました。 そこでラマルクは「用不用説」や「獲得形質の遺伝説」という補助的な仮説が付け加わえます。 直線ではなく環境に適応して変化しているために生物に多様性があると述べたわけです。 ちなみに、現代ではラマルクの進化論は否定されていますが、補助的な仮説は生き延びてきました。 例えば「用不用説」はダーウィンも受け入れていた考えです。 また古生物学者にも人気がありました。 しかし、その後「獲得形質」は生物学的な理由により起こり得ないと否定されます。 ところがこの21世紀、分子生物学の発展により、DNAが改変されはしないものの、環境要因によってDNAの発現の仕方が変わる事、そしてその変化が子供に伝わることが分かってきました。 つまり「獲得形質」的な現象が起こっている事が明らかになったのです。 いま、この話題はエピジェネティクスとして議論されています。 さて、これらの生物学・進化論的知見をバックグランドとしてダーウィンは進化論を考えました。 ダーウィンは1809年にイギリスに生まれます。 ダーウィンはエジンバラ大学で医学をかじり、その後、ケンブリッジ大学で牧師を目指します。 そう、実は神学を学んでいました。 神による創造論をです。 後に進化論を考えた時、どう反発を受けるのかは十分に理解していた事でしょう。 当時は、ウィリアム・ベイリーが書いた「自然神学」を信じていたとのこと。 1831年に卒業後、すぐに牧師になるのではなく、ヘンズロー教授のツテにより測量船ビーグル号にのって調査に出かけるという経験をします。 5年ほどかけて世界を一周しました。 プリマス、サルバドール、フォークランド諸島、ガラパゴス、ココス諸島、セントヘレナ。 主に赤道から南半球側を探索しています。 ダーウィンが参考にした本があります。 一つは、同時代の人チャールズ・ライエル著作「地質学原理」です。 これは地質が風雨に晒されながら、長い時間をかけて徐々に作られていくという思想が書かれています。 これを「 斉一説」といいます。 現代人としては当たり前過ぎるのですが、当時の人はとにかく世界は、神が造ったと信じていたわけで、その思想に反する事はなかなか受け入れ難い状況にあったと言えます。 もう一冊は、やや先人のマルサス著「人口論」です。 有名なテーゼは「 人口は級数的に増加するが、生活物質(資源)は算術的にしか増加しないので、食糧不足を招く」というものです。 マルサスはここから貧困が生まれてくると説きました。 そして、食料をめぐる争いが起こるだろうと。 ダーウィンは船旅の間、島々でカメやマネシツグミなどの動植物を観察しました。 その結果、島々にいる動物たちの体躯の違いから、共通の祖先が元々いるのだと直感します。 祖先が島々に広がり、各島において適応した。 つまり生物は「 進化」しているのだ。 島々に散らばったツグミたちは、島の環境に適応してその形態を変えたと考えられます。 ライエルが言うように適応は徐々に進行し、マルサスがいうように適応的な個体が生存競争を生き延び、その形質が遺伝していくと。 このような事を様々な動物たちの証拠を集めて、確実な論拠をもつものとして発表をしようとダーウィンを考えます。 考えが固まってくると、この事柄が当然、人間にも当てはまる事が分かります。 つまり、ヒトもまた「進化」したのだと。 これがダーウィンの悩み所であり21年間も著作を机に閉まったままにした理由でもあります。 サルからヒトが進化という発想を人々が受け入れ難いとわかっていたからです。 1858年に採集家アルフレッド・ラッセル・ウォーレスから論文「変種が元の形から限りなく遠ざかる傾向について」が届きます。 そこには「自然選択説」が語られていました。 驚いたダーウィンは、ウォーレスの論文と共に「進化論」について、ロンドン・リンネ学会においてライエルとフッカーが代読する形で発表をします。 そして、翌年1859年に 『種の起源』をついに出版します。 種の起源といいつつも、起源については語られず、生物が徐々に変化するという事が膨大な証拠ともに提示されています。 ダーウィンとウォレスはこの後、次第に離れていきます。 ダーウィンは自然選択という原理が最終的には人間という知性を生み出すほど強力であると考えたのに対し、ウォレスは高度な知性のようなものは自然選択ではなく、何かしら大きな力の働きによって知性などが生み出されたのであろうと考えていました。 ダーウィンは神などの超越的なものの介在を許さない唯物的志向と言えます。 科学主義ともいえるでしょうか。 この違いが二人を分かつ要因になっていったと一説に言われています。 さてダーウィンの進化論ですが、いくつかの要素があります。 大きくは2つの事がテーマとなっていました。 とりわけヒトの進化という点において抵抗感があったようです。 現代では、膨大な証拠を用いた科学的な考察から種は自然法則に従って出来たという主張は科学の世界において受けいられています。 一方で、キリスト教圏では教義に反するという事で進化論を教えないという地域があることも付記しておきます。 2ですが、これは 1の種が自然に進化するというテーゼを説明するために用意された論拠です。 ここに先の2つの本の思考が役立っています。 マルサスの人口論とライエルの斉一説です。 かつて同一であった種が各環境に適応し、徐々に別種に変わる。 その際に環境に適応的であった個体が多くの子孫を残すことで自然選択が起こる。 徐々に変わっていくというのは斉一説をベースにしていますし、適応的な個体が残るというのはマルサスの人口論を適応していると言えます。 マルサスの人口論は、人口は資源が増えるよりも早いので、必然的に食(資源)を求めて競争が生じるという事を示唆しています。 ダーウィンはここに生き残りの競争(生存競争)が生じると考えました。 そして、より環境に適応的な個体がこの競争を生き延びるのだろうと。 この 2、ダーウィンの自然淘汰の論をフレッド・ウィルソン(1991年)は論理推論形式で整理していますが、ここではより自然言語による簡潔なまとめを引用しておきます。 そしてこの中の(2)がダーウィンの進化論の特色を示す。 選択は、飼育栽培では人間の取捨選択、性選択ではメスがオスを選ぶこと、自然選択では生物の優劣に応じて自然の側が規制すること、と一般化されている。 」これに対して「 生まれた子供は多数なので限られた資源を巡って生存闘争が不可避的に起こる。 」(但し、同種同個体間、異種個体間の闘争だけでなく、生活の物理条件の克服という意味でも生存闘争を使う)という。 結果として「 ある変異を持つ個体は他のものより多く子孫を残し、その変異は遺伝され進化的変化として淘汰されていく。 」となります。 ダーウィンのロジックは後に様々な議論を生み出し、現代では多くの批判がなされています。 現代からみれば、ダーウィンの主な貢献は 1を物的証拠を通じて実証的に示したという点です。 2の自然淘汰の説については、科学的実証の困難さがあり、現代では改変を迫られています。 自然淘汰説だけでは説明できない事例が増えてきたことや、実際に遺伝物質としてDNAやタンパク質などが同定されたことが大きな影響を与えています。 とはいえ、ダーウィンが語ったことは、それまでの考えをガラリと変えました。 それは「 生物は変わる」という考えです。 そしてそのままヒトは変わると続き、社会が変わると人々が考えるようになりました。 キリスト教的史観から、進化思想時代になったというわけです。 不動に思えた人の存在や社会構造は変えられるのだと人々が認識するようになった。 この事は非常に大きな事でした。 この後、ダーウィンの思想はメンデルの遺伝学を取り込んで「 ネオ・ダーウィニズム」となっていきます。 そちらに行く前に寄り道をして、ダーウィンの思想の別角度について触れたいと思います。 それは、ダーウィンの時代背景の影響です。 ダーウィンの隠された動機 なぜ、ダーウィンが進化論を発表したのか、その動機は科学的な貢献だけではありません。 むしろ社会的な意味をもってダーウィンの進化論は発表されました。 もっぱら先の 1つまりキリスト教義に反するという点が主にピックアップされていますが、そうではなくダーウィンが「 反奴隷制の人道主義者」であったという点です。 エイドリアン・デズモンド&ジェイムズ・ムーア著『ダーウィンが信じた道』によれば、ダーウィンの進化論への情熱には「奴隷廃止」という目的があったのではないかと考えられています。 時は19世紀、同時代の人にエイブラハム・リンカーンがいます(奇しくもダーウィンと同日に生まれました)。 彼はアメリカで南北戦争を戦い勝利し、奴隷解放へ向かう決定打を与えました。 まさにダーウィンの時代です。 ダーウィンの親族にはウェッジウッドがいます。 そうあの陶器メーカーです。 彼らは反奴隷制を訴える一族であった事でも有名です。 18世紀後半にイギリス本国では奴隷制は廃止になりますが、実際には売買が続いていました。 その行為を肯定する背景の一つが「有色人は種が違う」という観念です。 ヒトではない他種として黒人や有色人種をヨーロッパの人々は見ていました。 そして、ヒトではない種類の人を使役する事は家畜を利用と変わらないと考えたのです。 つまり奴隷制の正当化です。 このような人種差別の思想に対抗する一つの手段は、人種とは別種ではないという証明です。 それが科学的であればこそ説得力があると言えます。 ダーウィンにはその闘いに挑むという 隠れされた動機があったと考えられます。 当時は「単一起源論」と「多起源論」がありました。 人類が同一の祖先から派生したのか、それとも別の種(ホモサピエンスではない新人)がそれぞれヒトとなったのかという論争です。 種を分かつ証拠としては稔性が問題となります。 生殖によって子供が生まれ、更にその子供にも子が産めるのかどうか。 ここが一つの問題でした。 当時は異人種間に稔性があるという話と、ないという話が混在していました。 ダーウィンの集めた証拠からは人種間に稔性があることは疑いがなかったのですが、それだけでは弱いとみたダーウィンはハトの実証実験を行っています。 見た目の様々なハトがいるが、それらは全てカワラバトという種を人為的な選択によって品種改良した結果でした。 そこで彼らを交配させ稔性があることを証明したのです。 種の起源では人種の問題は外しましたが、充分にその意味は通じました。 後になって「人間の由来」(1871年)という著作において人種間の発生について述べました。 その原理とは生物の 性淘汰(1.配偶者獲得におけるオスの争い、2.メスによる選り好み)であると示唆しています。 ダーウィンのヒトにおける「単一起源論」は支持され、現在では人類は共通の祖先をアフリカにもつと考えられています。 ダーウィンは5年に渡る航海において、奴隷がどのような扱いを受けているのかを良く知っていました。 そして、奴隷への仕打ちがいかに非人道的であるかを実感していました。 ダーウィンは若かりし頃、動物の剥製手法を解放奴隷であるジョン・エドモンストンに習っています。 このような経験から、人種の違いによる奴隷制の正当化に反発があったはずです。 その一方で、ダーウィンが生きた時代は資本主義の全盛期とも言えます。 ダーウィンの伴侶はウェッジウッド家から来ており、その十分な財産からダーウィンは働きませんでしたが、それは資本主義の恩恵でした。 しかし資本主義を支えた産業革命自体が奴隷制の賜物です。 奴隷制で儲けた資本が投下された結果として社会発展があったわけで、なんとも皮肉を感じます。 ともかくもダーウィンがまさに資本主義社会全盛のど真ん中に生きていたと言うことです。 そのダーウィンが資本主義社会を観察・分析したマルサスの人口論を生物進化の説明に適応しました。 資本主義の視点で、生物界を眺めた結果生まれたのが自然淘汰説と言えます。 ここがポイントです。 ダーウィンでさえ、時代背景から独立に思想を築く事の難しさがありました。 我々は尚更、現代社会の枠組みでいろいろなものを見てしまっている事でしょう。 一度、現代社会の色眼鏡を外して世界を眺めることが大事かもしれません。 ネオ・ダーウィニズムとDNAの世界 さて話を本流へ戻します。 ダーウィンの進化論は、メンデルの遺伝学と合流し、ネオ・ダーウィニズムへと発展していきます。 ダーウィンはまた自然淘汰の論理の中で、形質が遺伝すると述べており、その説明として「ゲンミュール」という物質を仮定していました。 この物質が生体を巡って情報を集めて最終的には生殖細胞に集まってくるという考えでした。 これを「パンゲネシス説」といいます。 しかし、この説では遺伝内容が混ざってしまう事や、獲得形質を前提にしていたために実状に合いません。 その後、ワイスマンにより獲得形質を否定した形での遺伝形式(体細胞と生殖細胞のシステム)が考えられ(デテルミナント説)、ド・フリースが発見した突然変異を取り込む事で、種の変異の原因を説明できるようになりました。 つまり遺伝子の存在です。 この時、ド・フリースら3人がメンデルの遺伝を再発見します。 メンデルの遺伝学は形質が遺伝していく時に顕性と潜性(21世紀では優性と劣性を使いません)がある事を明らかにし、どちらの形質が現れるかはその組み合わせで決まると実験で検証した事からスタートします。 有名なF1種の子供が3:1の形質発現をするという話です。 ここから、生物の特徴がエレメントとして遺伝していくという考えが明確化されました。 遺伝子という不変の存在があるという発想です。 ド・フリースはこの遺伝子に突然変異が起こる事で形質変化すると考えました。 こうしてダーウィンの進化論に遺伝のメカニズムとしてメンデルの遺伝学が加わり、数理的な研究が進むことになります。 1930年代から集団遺伝学が発達し、ライト、フィッシャー、ホールデン、チェトヴェリコフらによってネオ・ダーウィニズムが確立していきます。 突然変異、自然淘汰、交雑、隔離、そして遺伝の知識などを総合して、総合進化説つまりネオ・ダーウィニズムが形成されました。 これらをG・G・シンプソンがまとめた事で、その完成者とされています。 ダーウィニズムでは形質変化が徐々に起こるというわけですが、メンデルの法則からいえば形質変化はジャンプして起こります。 しわがあるかないかという程度に大きく変化するからです。 しかし実際には遺伝子の変化から出てくる形質の変化はごく小さく、小さな変異しか起こりません。 この事から、遺伝に起こるごく小さな変異が蓄積して、最終的には大きな進化となると考えました。 そして、この変異について定量化が進みます。 遺伝子の突然変異率などを考慮すると定量的計算が可能になるからです。 また適応度という概念が導入されました。 とある個体がどれだけ生殖可能な子供を作れるかという概念です。 この適応度と突然変異率によって、集団の中でとある遺伝子AとBがどう広がっていくかなどが計算されるようになりました。 1950年頃では、進化は当たり前の概念になり、その進化の原因は遺伝子の変異であるという事になっていましたが遺伝子の実体は不明のままでした。 ここでワトソン・クリックのDNAの登場です。 1953年に発表されたDNAの二重らせん構造によって、遺伝子が物質として認識されます。 遺伝が物理化学的現象として裏打ちされたわけです。 この遺伝子に基づいて今まで説明の難しかった事柄が説明されていきます。 実際の突然変異や、形質変化を引き起こす遺伝子などの実態が明らかになっていきます。 一方で、ウィルソン等による社会生物学という分野の発展しました。 例えば大腸菌の耐性菌の自然選択や利他的行動の現れは自然淘汰では説明が難しいものでした。 そこに自己の遺伝子を最適に増やすというコンセプト(利己的遺伝子)が現れます。 進化上不利に思われる形質や行動も遺伝子の観点からいえば適応的であると解釈されるようになるわけです。 働き蜂やアリなどがその好例です。 利他行動も遺伝子の拡散という観点で説明されるようになりました。 近年では有名なリチャード・ドーキンスの「利己的遺伝子」へと結実していきます。 そして近年では、レトロポゾンと呼ばれるDNAの解析を通じて、種の分岐の系統樹が作成され、分子進化学という分野が発展しています。 それによるとカバとクジラは系統的に近い事が明らかになっています。 またDNAの解析から、人類つまりクロマニョン人の一部は、ネアンデルタール人のDNAを持つことが明らかになっています。 それから、免疫グロブリンを決定する遺伝子の分析から、日本人の一部のルーツが中国や朝鮮からではなく、ロシアのバイカル湖周辺から来ていることなど、続々と新事実が明らかになっています。 それぞれの論は、ダーウィニズムを否定する論もあれば、補完する論もあります。 一筋縄ではないのですが、中原英臣・佐川峻著『進化論がかわる』より列挙してみます。 中立進化説(木村資生)、 断続平衡説(グールド)、 今西進化論(今西錦司)、 連続共生説(リン・マーグリス)、 ウィルス進化論があり、更に、 ラマルク進化論、ネオラマルク進化論、生殖質連続説、隔離説、定向進化説、内部選択説、遺伝重複説、移動平衡説、成長停滞説、血縁選択説、定向突然変異説。 なんとも沢山あります。 この著作はやや古いので現代ではもっと異なる説もある事でしょう。 それぞれについて解説すると一冊の本になってしまうので、ここでは割愛します。 多くの批判の動機は、自然淘汰論が実状に合わないという観点から考察されています。 例えば、ダーウィンの自然淘汰には弱肉強食という観念はないものの、より良い個体が生き残るという思想があるわけです。 競争の勝者という観点があるのは否めません。 しかし生物には共生など、様々な協力関係が存在します。 自然淘汰はそのようなものを説明しづらいわけです。 上記の今西進化論や連続共生説、ウィルス進化説、血縁選択説などは協力・協同という観点からみた進化論の説と言えます。 他の説は、ダーウィンの説に足りない部分を補足したり、現実の結果を反映させた論となっています。 つまるところ自然選択的な進化が絶対ではないという事です。 自然選択でうまく説明できる事柄もある一方で、そうではない例外も少なくない。 これが実態です。 現代においても進化の話といえば、ダーウィンという事になっていますが、発表よりすでに160年経っています。 自然選択は万能ではないという事はすでに明らかです。 DNAなどを基盤とする最新科学の結果を反映した進化論を理解する必要があります。 ここから現代の進化論の見方を提示したいと思います。 内容的にはダーウィニズムの不足点・困難な点を明らかにすること、それを近年の科学がどう解釈しているのかについて紹介していきます。 ダーウィニズムおよびネオ・ダーウィニズム批判 まずはダーウィンの進化論に対するよくある誤解をといておきましょう。 ダーウィンの「生存闘争」には、必ずしもマッチョな強者が生き残るという意味はありませんでした。 状況に対して最適化したものが生き残るという意味です。 また、進化という訳語には発展や発達など、developmentに相当する意味合いが込められていますが「適応」という概念には「進む」という意味はありません。 我々も尻尾を失いました。 環境に適したものが生き延びるのです。 余談ですが自然淘汰論をもって、ヒト社会における競争を肯定したり、弱者の自己責任を説いて、彼らが弱いから悪いのだという主張は間違えです。 この拡大解釈は自然淘汰説が、先に述べたようにヒトの観察結果(マルサスの人口論)より端を発しているという背景に依存しています。 自然淘汰とはヒト経済の分析(資本主義社会)を生物界に投影したのですから、当然、資本主義的な競争を肯定する論になります。 ヒト社会の説明(マルサス人口論) > 生物界の説明(ダーウィンの進化論) > 現代社会の説明(競争社会の説明) というのは奥野氏の言い方を借りれば「マネーロンダリング」のようなものです。 加えて、生存競争に相当する行動は必ずしも必然ではないという事を取り上げておきます。 たとえばライオンと草食動物の関係を持ち出し、生存闘争があるという論ですが、これは生存闘争ではありません。 種内・種間の競争とは同じ生態系における競合という事です。 ラーメン屋と電気屋はライバルではありませんが、ラーメン屋同士はライバルです。 つまり同じ餌や環境を専有する場合において競争がある事が自然淘汰の前提です。 もちろん草食動物の生存闘争でもありません。 むしろ草食動物同士内において、ライオンからうまく逃げられる能力があるかないか、それが生存競争の焦点です。 自然の補食関係=生存闘争では無いので注意が必要です。 そもそもにおいてライオンに襲われたシマウマは能力が劣っていたからでしょうか? おおよそ運の問題だったはずですね。 そのような運が作用する事柄を競争だと解釈することは事実を見誤ってしまいます。 生存競争の他のイメージとして、ヒエラルキーやなわばりを考える人もいるでしょう。 これらの制度が存在する社会性を持つ動物では確かにヒエラルキーの強者が利益を得やすいと言えます。 しかし、そもそもヒエラルキーとは争いを避けるための手段です。 競争をへらすために順位がつけられるわけです。 また競争があるとしても、勝者が敗者を殺してしまうケースは稀です。 この事からヒエラルキーやなわばりが必ずしも競争を肯定するものとは言えません。 そして、この 社会階層やなわばりという仕組はゼロサム・ゲームに投じられた生き物が不安に駆られて否応なくとる行動様式と考えられます。 例えば、動物園のニホンザルは人気があり、多くの人がサル同士のやり取りに人間関係を見出し眺めています。 どのサルがボスザルなのかと探してしまいます。 しかし、野生のサルの群れでは、順位やリーダー制は存在しない事が明らかになっています(伊沢絋生著『ニホンザルの生態』)。 餌場という人工的なものを作り出すと、恰もボスザルような立場のサルが現れ、序列が生まれるのです。 同じく、魚類においても順位性が生じるという研究があります。 タイドプールと呼ばれる引き潮時に浜に形成される閉鎖的な水たまりでは小魚たちがつつきあい、なわばり争いを繰り広げます。 しかし、潮が満ちて広い海へ戻ればまた仲良く群れを形成し泳いでいきます(奥野良之助著『磯魚の生態学』)。 同じことは狭い水槽でも現れます。 実験者がしばしば魚類の闘争を報告しますが、それは水槽という狭い空間における生物のリアクションであると言えるのです。 これらが示唆するのは、ヒエラルキーとは狭い空間に閉じ込められ、資源が特定の場所に固定される事で生じる特殊な現象という事です。 (私見ですが、いわゆる イジメとはこういう特殊空間によって生じるのかもしれません。 動物世界の話をヒト世界に投影するのは正しくありませんが、人々は狭い教室や居室に押し込められて、成績や給与、地位という資源をめぐる争いに参加しているわけです。 イジメの条件は揃っているといえます。 ) 縄張りはどうでしょうか。 一見すると、強い個体が自己のなわばりを確保し、利益を独占すると思われがちですが異なるケースもあります。 例えば、ジャノメチョウのオスは日光があたる場所を縄張りにしています。 メスの蝶との出会いがあるからです。 そこに他のオスが現れると縄張りから追い出す事が知られています。 この時の勝者は元から縄張りいる個体です。 ところで、侵入したオスと縄張りにいたオスを人為的に取り替えると、今度もナワバリに先にいたオスが追い出しに成功します。 強いから縄張りを守れているわけではなく、先取している事が大事なわけです。 つまり、この縄張りは個体の能力と関係がないわけです。 強者(もしくは適者)が競争に勝つわけではないケースもあるわけです。 自然界では生存競争というような熾烈なものは稀な現象です。 むしろ無益な血を流さないために、ヒエラルキーやなわばりを作りだし、争いのルールを作り出している。 それが動物たちの「知恵」と言えます。 逆にいえば、同種内において闘争が起こり流血があるということは、それは調整の失敗です。 利害調整の失敗が闘争による流血です。 闘争状態こそが特殊なケースであり、失敗例なのだと考えるのが事実に則した視点と言えます。 そもそも同種内において過激な闘争をして流血するような種は長い目でみれば絶滅することになるでしょう。 生物は利己的であるとリチャード・ドーキンスを待たずともわかっている事です。 一方で、生物は単独では生きられません。 その生物にとって闘争状態とは利己的行動の衝突です。 これを調整する装置として社会性を発達させたのが動物たちと言えます。 適応的な進化とは、競争だけでなく、当然ながら協力によっても駆動されてきたのです。 その意味ではダーウィンの説明は片手落ちです。 現代的にみれば自然淘汰を説明するためとはいえ、競争や闘争という面を強調しすぎたと思います。 ちなみにダーウィンは他個体や他種との争いだけでなく、生きるための困難(餌を取ることや、環境負荷に耐えること)も含めて「生存闘争」と言っていました。 無用なニュアンスの流布を防ぐなら、生存努力などと言い換えても良かったのではないかと思われます。 さて実際の観察により、自然淘汰がうまく説明できない事柄がある事は知られています。 まずは、ここに具体的な事例によるダーウィニズムおよびネオ・ダーウィニズム批判をまとめて取り上げます(池田清彦著『さよならダーウィニズム』より)。 1.自然選択では説明できない事象 オオシモフリエダシャクという ガの工業暗化は、周りの環境変化が色変化をもたらした現象として自然淘汰の良い例とされてきました。 白いガが工業化の結果、環境が黒ずんだ結果、ガの体が黒っぽく変化したという話です。 ところが、ガの幼虫がすすで汚れた葉を食べると成長して黒くなる事がわかったのです。 また大気汚染が改善されるにつれて再び黒と白のガが同じくらい見られるようになりました。 つまり適応的な変化ではなく環境自体のせいで黒くなっていたわけです。 変異が遺伝されていくならば、色が戻るはずはありません。 変異の遺伝という自然淘汰の説の例ではなくなってしまいました。 擬態の多くも自然淘汰の良い例とされてきました。 自然淘汰では、環境への擬態、他種への擬態が徐々に進行していくと説明されます。 しかし、特定の擬態では徐々に擬態していくわけにはいかないものがあります。 例えば、アリの巣に寄生するムモンアカシジミという蝶がいます。 その幼虫たちは化学擬態といって寄生先のアリと同じフェロモンを出すことでアリと同居できます。 そうしてアリに世話をしてもらうわけです。 ただ、羽化した後はフェロモンを失うためにアリに攻撃されてしまうので、アリの群れから大急ぎで逃げるわけです。 このような擬態は自然淘汰によって徐々に擬態するわけにはいかず、とある時に一辺に化学擬態を獲得する他ありません。 また、そもそも形態擬態でも化学擬態・免疫擬態でもそれまでにどうやって生存してきたのかという点において擬態という適応の必然性が不明瞭です。 ウラナミシジミという蝶は、ある程度温かい所でなければ越冬できません。 ところが、一部の蝶たちは、えさを求めて世代を交代しながら徐々に北上します。 そのうち冬場になって北上した個体は寒さに耐えられず全滅してしまいます。 自然淘汰が起こるなら北上するという行動は淘汰されるはずだが、その習性は残っているわけです。 大腸菌はすでに何億年も生きてきた生物です。 もし進化が自然淘汰によって常に最適な能力をもつように圧力をかけているならば、現存する大腸菌はかなり最適化されていて優秀な菌ということになるわけです。 ところで、実験的に遺伝子を変更できる技術を使って特定の酵素に対してランダムな変異を起こしてみた結果、多くは酵素の活性が下がってしまいますが、5分の1くらいはむしろ活性が上がってしまう事がわかりました。 つまり、野生型の大腸菌が能力的に最適化されているとは限らないという事を示します。 すると最適者こそが生存するというアイデア自体が成り立たない事になるわけです。 いずれにせよ自然淘汰では説明できない、しにくい現象は確認されており、必ずしも進化の法則として自然淘汰が全てとは言えません。 2.突然変異が偶然ではない事象 ケアンズ現象と呼ばれる遺伝工学における現象があります。 分子生物学者シャピーロが実験で示しました。 大腸菌は糖をエネルギーとして生きています。 その中にアラビノースとラクトースがあります。 これらを分解する酵素を大腸菌はもっていますが、これを人為的にイジって機能不全にさせます。 そして、うまく突然変異をすればこれらの機能回復が出来るように遺伝子を改変します。 こうしておいた大腸菌をブドウ糖の培地で増やし、その後、アラビノースとラクトースだけの培地に移すと、およそ大腸菌は死に至るわけです。 しかし、大腸菌は突然変異を起こして分解酵素の機能を回復し、生き延びることがわかりました。 問題はその率です。 通常の計算からいえば、突然変異率は50億分の1と低率です。 しかし、この場合、半分くらいの大腸菌が機能を回復します。 ダーウィニズムのいう偶然の突然変異という考えが否定されるわけです。 むしろ外界に適応的に変異が起こるといえます。 人為的だったからでは?という批判にはホールという学者により天然の大腸菌でも同様の事が起こると示されています。 またオサムシという昆虫の研究から、突然変異が偶然に起きて形が決まるわけではない事例が知られています。 オサムシには4つの形態種があります。 これらは日本中に散らばっています。 通常に考えると進化的に4つの形態にどこかで分かれて、それらが日本の各地に広まっていったと言えます。 ところが、遺伝子で調べてみると、各地域において形態が分岐している事がわかりました。 各地において特定の形態種(例えばオオオサムシ)が独立的に発生したということです。 高知県のオオオサムシと和歌山県のオオオサムシは形態的に似ていても、遺伝的には別の系統という事になります。 それでも4つの形態種になる。 つまり、遺伝子の変異は偶然のランダムというより、ありえる形のどれかを取るという可能性が高いわけです。 3.遺伝子に変化がなくても、形質変化する事象 自然淘汰のポイントは、優位な形質が遺伝する、つまり子孫に伝わるからだといわれてきました。 そして獲得形質は否定されています。 よって遺伝子がなんらかの変異を最初に起こしてから、それが優位な形質を生み出すからそれが変異として伝わっていく事になります。 しかし、遺伝子が変化しなくても形質が変化する事例が出てきました。 たとえば、動物におけるPax6という遺伝子は目の形態形成に関与する遺伝子です。 この遺伝子を調べてみると、ヒトの眼でも使われますが、実はハエの眼にも同じ遺伝子が使われていることがわかったのです。 どう考えても、ヒトの眼とハエの眼は形態的に相同ではありません。 特定の遺伝子が、特定の形質を作り出すとは言えないと言うことです。 ちなみに、マウスのPax6遺伝子をハエに導入するとちゃんと眼が出来ます。 充分に同一と言えますが、眼の形態はまるで異なるわけです。 このような事が明らかになると、遺伝子が変わったから進化するという事でもなく、遺伝子が変わらなくても、形態的・機能的な変化は起こり得るという事になります。 さて、このように弱点のあるダーウィニズムですが、現代的な進化生物学ではどう捉えているのでしょうか。 その現代の枠組みを下記に示します。 現代的視点による進化論 ここから、更科功著『進化論はいかに進化したか』(2019年)を踏まえて、現代の進化論がどういう状況にあるのかを述べていきましょう。 自然選択説への疑問 ダーウィンの説の要諦は3つの事柄でした。 生物は変異するという事実と、 B. それらが自然選択される事、そして、 C. その変異が子孫に遺伝し伝わること。 変異することはダーウィンが提出したように物的証拠があります。 また変異が子孫に受け継がれることは子供が親に似ることから実感がある事柄です。 問題は、Bの自然選択というものの是非と、その確からしさです。 本当にそんな事が起こっているのか? 当時の科学者たちも、この点については疑問だったようでダーウィンを擁護したハックスリーでも、すんなり受け入れたわけではなかったようです。 生物集団の変化には 安定化選択と 方向性選択があります。 これが現代的な進化の見方のベースになります。 特定の集団があるとして、そこにとある性質を持つとします。 この性質が平均的な時に適応度が高いとすると、集団は変異があっても変異を除去する形で世代交代を重ねます(安定化選択)。 何らかのきっかけ(環境変化など)で、この性質が変化した時に適応度が高くなると、集団はその性質を変化させる形で世代交代を重ねます(方向性選択)。 一般には変異があったとしても、その影響は除去されます。 変異が受け継がれるとは限らないわけです。 安定化選択では生物は「進化しない」事になります。 ヒトの一生くらいの短時間でみれば、 1の議論において進化しないという主張にも理があります。 一方でダーウィンは方向性選択を強調しました。 これが自然選択が受け入れにくかった一因です。 また、エルンスト・ヘッケルやエドワード・ドリンカー・コープなどの古生物学者もまた自然選択説に疑問を唱えました。 というのも、化石を調べていると、生物の変化に一定の方向性を感じるからです。 テオドール・アイマーは定向進化を提唱しました。 牙が時代ごとに伸びていったり、キリンの首が伸びたりするという事象です。 それらは恰も、よく使う器官が発達して、それが次世代に受け継がれていくように見えます。 ラマルクが提唱した「用不用説」です。 化石からみると獲得形質的な説明が好ましいわけです。 そして、このような器官が発達した結果として実用性を失ってしまうものがあります。 例えばマンモスの牙には実用性がないと考えられています。 効用性を念頭に置く自然選択では、このようなものを説明できません。 これもまた自然選択が受け入れられなかった要因になりました。 (のちに、性淘汰により不必要に見える形質の説明がなされています。 ) ダーウィンの「パンゲネシス説」によれば、遺伝の性質は両親の遺伝物質が半分ずつ混ざり合って子に伝わるという事になります。 すると、有利な変異が現れて、その変異に自然選択が働いた所で、世代ごとに薄まってしまう事が考えられます。 平均に回帰するというわけです。 一部の変異が特殊でも、平均的な性質に引っ張られて普通に戻るという事です。 これでは仮に自然選択があったとしても、変異が蓄積されなければ意味がありません。 アウグスト・ワイズマンはこのパンゲネシス説を変更して「デテルミナント説」を提唱します。 それは細胞を二種類に分けたことです。 次世代に性質を受け継ぐ生殖細胞と、個体の生命維持に必要な体細胞の2つです。 体細胞は環境の影響を受けるものが、生殖細胞には影響が伝わらないので次の世代には受け継がれないと考えたわけです。 つまり獲得形質の否定と言えます。 こうすれば変異が薄まることがないというわけです。 しかし、この説は、実証が難しく説得力を持ちませんでした。 現在ではこの考えは正しい事として認識されています。 しかし、当時は変異が薄まるという弱点の解消とまではいかなかったわけです。 自然選択説には不利な状況でした。 また、先述したド・フリースの突然変異もまた自然選択説の影響を小さくさせるものでした。 遺伝子が突然変異を起こして進化するのなら、時間がかかって小さな変異が蓄積し集団の種が分岐するなんて考えなくてもいいからです。 ド・フリースの提唱した大突然変異説が自然選択説を包括したわけです。 自然選択はもっぱら突然変異により生まれた害悪ある変異を淘汰する作用としてみなされました。 つまり安定化選択です。 進化は突然変異で、種の安定化は自然選択で。 これが主流となるわけです。 大突然変異説はダーウィンの主張の弱点をサポートするものでもありました。 それは化石に中間的なものが無いことと世代ごとに変異の効果が薄まる事を解決できるからです。 実は、メンデルの遺伝学もまた自然淘汰を否定します。 遺伝子(特定の性質)が粒子的ふるまいをするという発見です。 すると進化が漸近的に変化するという自然淘汰の話と矛盾します。 また形質が突然現れたり、消えたりするならば、自然淘汰などに関係なく進化が起こるのではないかと言えてしまいます。 まとめると当初ダーウィンの唱えた自然選択説つまり、方向性選択の説明には弱点が3つあり、 イ. 化石に中間体がない事、 ロ. 世代ごとに変異が薄まる事、 ハ. 粒子遺伝では連続的変異ができない事でした。 その結果、自然選択を主だった進化の要因と捉える事は難しかったわけです。 では、自然選択は否定されたのか? いえ、そうではありません。 新知見を踏まえながら、修正されて自然選択は生き残っていきます。 自然選択の概念は現在の進化の枠組みの一部になりました。 当時と現代の違いは、自然選択が全てを説明できるわけではないという知見です。 (ダーウィンの名誉のために大急ぎで付け加えるなら、ダーウィン自身も自然淘汰で全てが説明できるわけではないと『種の起源』で述べています。 ) 自然選択説の補完と新解釈 では先のような指摘に進化生物学はどう対応してきたのでしょうか? いよいよ核心に入りますが、ここまでを無料パートにしたいと思います。 此処から先の現代の進化論について知りたい方は以下の有料パートをご覧ください。 また、ここまで読んで頂いた方に感謝致します。

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